白洲次郎

更新日:2022年03月31日

ページID: 2569

白洲 次郎(しらす じろう)【1902年~1985年】

三田藩政で活躍した白洲退蔵(しらすたいぞう)の孫です。
市内の西山2丁目にある心月院(しんげついん)の墓地(ぼち)にお墓があります。

どんなことをした人?

「日本一カッコいいといわれた男」

第二次世界大戦後、吉田茂(よしだしげる)の外務大臣(がいむだいじん)および首相(しゅしょう)の時代に、終戦連絡中央事務局参与(しゅうせんれんらくちゅうおうじむきょくさんよ)の職について、連合国最高司令官総司令部(れんごうこくさいこうしれいかんそうしれいぶ)・GHQとの話し合いを行った。おくすることなく常識(じょうしき)にあった正論を主張(しゅちょう)し、GHQから「唯一(ゆいいつ)、従順(じゅうじゅん)ならざる日本人」とアメリカ本国まで報告されるほどの大活躍をしました。
また、日本国憲法の成立に深く関わったことで、憲法誕生の生き証人といわれました。
戦後、昭和24年(1949年)通商産業省(つうしょうさんぎょうしょう)を設立するとともに、電力再編などに尽力しました。

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