検証報告書 平成30(2018)年9月13日 三田市障害者虐待に係る対応検証委員会 はじめに 本報告書は、平成30(2018)年1月に三田市において発見された障害者虐待に関して、三田市長の命により組織された「三田市障害者虐待に係る対応検証委員会」が作成したものです。委員会での議論と関係者への聴き取りが進むにつれ、委員一同の胸には、検討当初に比べ、より広くかつ深い思いが刻み込まれていきました。また、それは検討当初の情報や社会的な関心としての三田市の対応、特に通報から保護に至る対応だけではなく、むしろ20数年前から今日に至るまでの三田市だけではない社会全般の障害者及びその家族に対する偏見にまで及ぶ、より本源的な問題意識へと深化していったことに特徴があります。 今回の検証対象となった虐待案件は、一般的なイメージからは相当にかけ離れた特殊な側面を持つとともに、未だ発見あるいは認識されることのない、隠れた・隠された虐待、全国にあまねく存在する膨大な数の虐待の象徴的なものであると思います。 また、検証において明らかとなった諸課題の要因の中で最も本質的なものは、障害者支援が今日においてもなお本人不在のまま展開され、極端な場合には、今回のケースのように家族の視点が優先されていることです。障害者基本法に見るまでもなく、全ての人は「かけがえのない」個人であり、家族に従属すべきものではありません。しかしながら、行政だけでなく社会においても、障害があるというだけで本人の存在や意思は依然として無視・軽視され、意見を表明できる家族等の意思が、ともすれば本人の意思として扱われているなど、喫緊の是正策が必要な状況にあります。 本報告書は、1つの事案に対する検証を行ったものですが、それにとどまらず、虐待対応・障害者支援の現場が共通して抱える課題が浮き彫りになっており、他の自治体においても有益な視点を提供しているものと考えています。 本報告書末尾の提言が近い将来には全て実現し、今回のケース自体や行政対応等が、前時代的な、過去の出来事として語られる日が早期に到来することを願ってやみません。 平成30(2018)年9年13日 三田市障害者虐待に係る対応検証委員会 委員一同 目次 第1 委員会設置の経緯及び目的等 1.委員会設置の経緯-1 2.委員会の構成-1 3.委員会設置の目的および所掌事項-2 4.委員会の活動経過-2 5.中立性・公平性の担保-3 第2検証の視点及び検証方法等 1.検証の視点-4 2.検証方法-4 (1)聴き取り (2)規程、文書等の精査 3.本報告の留意点等-5 (1)用語の定義 (2)法的責任との関係 (3)本報告書の位置付け 第3 三田市障害福祉課の組織・構成・権限等 1.三田市障害福祉課の構成-7 (1)三田市役所職務分掌規程による健康福祉部および障害福祉課の職務 (2)実際の取り扱い業務 (3)関連ある他部署との協働、連携 2.同課の組織図-9 3.本件で問題となる権限と義務-10 第4 調査結果 1.通報受理から警察への情報提供まで(平成30年1月16日から同年2月21日まで)-12 2.過去の対応-21 第5 検証結果 1.視点1及び2(通報受理から分離保護、分離保護から警察への情報提供まで)-26 2.視点3(過去の対応)-35 第6 提言 1.初動期及び対応期における行政対応のあり方の検討-41 2.職員及び関係機関従事者の資質向上・市民の意識啓発のための取り組みの推進-42 3.虐待の早期発見・障害者の権利擁護のあり方の検討-44 1ページ 第1 委員会設置の経緯及び目的等 1.委員会設置の経緯 (1)設置の根拠 三田市障害者虐待に係る対応検証委員会(以下、「本委員会」という。)は、「三田市障害者虐待に係る対応検証委員会設置要綱」(平成30年5月10日施行。以下、「要綱」という。)に基づき設置された。 (2)設置の契機 本委員会設置の契機は、次の通りである。 @平成30年1月16日三田市が障害者虐待に関する情報を入手し、同月18日に当該情報にかかる居宅を訪問し、虐待の事実を把握してから被虐待者の保護を同月22日まで行わなかった事実 A同月18日に実態を把握してから2月21日に至るまで警察への相談を行わなかった事実 B平成3(1991)年6月に被虐待者の一家が三田市に転入してきてから長期間支援が行われていなかった事実 以上の事項に関し、事実の要因及び問題の所在を明らかにするとともに、今後のあり方について一定の方向を示すことが肝要であり、そのためには、行政内部の検証はもとより、三田市から一定の独立性・中立性を持った外部機関による多角的な検証が必要であるとの三田市長の命に基づき、本委員会が設置された。 2.委員会の構成 本委員会の委員は下記のとおりである。(氏名アイウエオ順 〇:委員長) 区分 氏名 備考 兵庫県 崎濱 昭彦 兵庫県健康福祉部障害福祉局障害福祉課長 社会福祉士 田島 啓子 兵庫県社会福祉士会高齢者障害者虐待対応委員会副委員長 医療機関 田中 究 兵庫県立ひょうごこころの医療センター院長 学識経験者 〇谷口 泰司 関西福祉大学社会福祉学部 教授 相談支援事業所 玉木 幸則 西宮市社会福祉協議会相談支援事業課 相談総務係長 障害福祉施設等 蓬莱 和裕 兵庫県知的障害者施設協会前会長社会福祉法人 ゆたか会理事長 弁護士 三好 登志行 日本弁護士連合会高齢者・障害者権利支援センター委員 2ページ 3.委員会設置の目的および所掌事項 要綱第1条の規定により、本委員会は「平成30年1月に把握した障害者虐待事案(以下「虐待事案」という。)に係る本市の対応について検証を行い、今後取り組むべき課題等を明らかにし、意見書として市長に提出することを目的」としている。 また要綱第2条の規定により、本委員会は次に掲げる事項を所掌するものである。 (1)虐待事案への平成30年1月以降の本市の対応に係る検証に関すること (2)虐待事案への過去の三田市の対応に係る検証に関すること (3)その他委員会の目的を達成するために必要な事項に関すること 4. 委員会の活動経過 本委員会の活動経過は以下のとおりである(開催はいずれも平成30年)。 月日 時間 区分 場所 主な内容 5月31日 09:00−12:00 第1回委員会 三田市2号庁舎2201会議室 事案の情報共有 今後の進め方等 7月3日 18:00−20:30 第2回委員会 三田市2号庁舎2201会議室 調査対象者・調査日の決定 調査項目の協議 7月13日 15:00−20:00 聴き取り調査 三田市本庁舎委員会室 調査対象者への聴き取り 7月23日 13:00−14:00 聴き取り調査 医療機関内会議室 調査対象者への聴き取り 7月24日 9:00−18:30 聴き取り調査 三田市本庁舎委員会室ほか 調査対象者への聴き取り 7月26日 16:00ー17:30 聴き取り調査 障害者支援施設相談室 調査対象者への聴き取り 7月31日 11:40ー16:30 聴き取り調査 三田市本庁舎401会議室ほか 調査対象者への聴き取り 7月31日 18:00−20:30 第3回委員会 三田市2号庁舎2201会議室 聴き取り結果の検証 要因分析等 8月2日 17:00−17:30 聴き取り調査 三田市本庁舎障害福祉課ほか 調査対象者への聴き取り(補足・確認調査) 8月20日 17:00−17:30 聴き取り調査 被虐待者自宅 調査対象者への聴き取り 8月20日 18:00−20:30 第4回委員会 三田市2号庁舎2201会議室 報告書案の協議 9月3日 18:30ー21:30 第5回委員会 三田市2号庁舎2201会議室 報告書案の協議 9月13日 18:30−19:10 第6回委員会 三田市2号庁舎2201会議室 報告書の確定 9月20日 13:30−14:20 報告 302AB会議室 三田市長に報告 3ページ 5.中立性・公平性の担保 本委員会の委員と、三田市及び三田市の障害福祉課職員との間に取引等利害関係のある者はいない。 本委員会の庶務は、障害福祉課により行われているが、同課の関与は、各委員の日程調整、聞取り対象者の日程調整、事案の説明、委員会が依頼した資料の収集および配付などにとどめられている(検証対象の決定、聴き取り対象者の選定、聴き取り事項の作成、検証、報告書作成においては、事務的なものを除き、同課の関与はない)。 このように、本委員会の検証報告書は、中立性・公平性が担保されるよう細心の注意を払い作成されたものである。 4ページ 第2 検証の視点及び検証方法等 1.検証の視点 前記(第1−3.)の目的を達成するため、本委員会は、以下の事項を検証することとした。 @平成30年1月16日から同月22日に本人を施設入所させるまでの三田市の対応 A同年2月21日に警察へ情報提供するまでの三田市の対応 B平成3(1991)年6月に被虐待者の一家が三田市に転入後、本件に至るまでの三田市の対応 2. 検証方法 (1)聴き取り 上記1記載の視点を検証するため、平成30年1月において関与した職員等にとどまらず、可能な限り、過去に遡り関与した職員ないし関係者に聴き取りを実施することが肝要と考え、人物を絞ることなく聴き取りを実施した。聴き取りを行った対象者は、次の通りである。 所属等 役職 1 地域包括支援センター 主任ケアマネ 2 障害者生活支援センター 管理者 3 基幹相談支援センター 管理者 4 障害福祉課 係長 5 障害福祉課 係長(当時) 6 障害福祉課 課長 7 福祉推進室 室長(当時) 8 障害福祉課 職員 9 障害福祉課 職員 10 厚生課(当時) 嘱託職員 所属等 役職 11 厚生課(当時) 職員 12 厚生課(当時) 職員 13 障害者生活支援センター 管理者(当時) 14 障害者支援施設 主任 15 医療機関 医師 16 医療機関 相談員 17 親族 − 18 親族 − 19 家族(父親) − (※ 所属等・役職は当時のもの) なお、これら調査対象者に対する聴き取り事項は、検証委員会事務局を経由することなく全て委員だけで調整を行った。 調査に関しては、調査対象者に対し、委員会の委員複数名により調査項目に従って質問を行い回答を得るヒアリング方式を中心とするとともに、可能な限りその発言の裏付けとなる記録の提出を求めることとした。 (2)規程、文書等の精査 検証のうち特に市の対応に関しては、根拠となる法令通知との照合が必要となる。また、市内部で合意形成を図るための会議資料も重要な裏づけとなる。このことから、委員会としては決裁文書や会 5ページ 議録の提出のほか、法令(市要綱等を含む)についても提出を求めた。 また、過去の対応については、当時の組織体制の記録とともに、当時の法令および社会動向の関係についても検証を試みている。 精査した法令・記録等(一覧:名称は平成30年7月1日現在のもの) ・知的障害者福祉法(昭和35年法律第37号) ・精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(昭和25年法律第123号) ・障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律(平成17年法律第123号) ・障害者虐待の防止、障害者の養護者に対する支援等に関する法律(平成23年法律第79号) ・三田市の組織及びその事務管理に関する条例(平成16年条例第5号) ・三田市の組織及びその事務管理に関する規則(平成16年規則第9号) ・三田市事務処理規則(昭和51年12月24日規則第27号) ・三田市障害福祉課ケース記録(時系列)(平成30年1月16日?3月8日) ・三田市厚生課ケース記録票(平成3年8月6日?平成6年1月11日) ・三田市障害者生活支援センター相談受付票(平成25年8月2日?5日) ・三田市障害者虐待(相談)受付チェックシート・初動対応会議記録(平成30年1月16日) ・三田市コアメンバー会議記録(平成30年1月18日) ・三田市決裁文書(警察への情報提供に係るもの)(起案平成30年2月21日) ・三田市における障害者虐待の防止と対応(以下「虐待防止マニュアル」という)(平成29年7月) 3.本報告の留意点等 (1)用語の定義 本報告書第5において評価を示す用語は次の通りである。 「認められる」証言・聴き取りが一致しており事実として存在する。 「可能性が高い」「推測される」証言・聴き取りを総合的に評価した結果、事実が存在する可能性が高い。 「思われる」「考えられる」証言・聴き取りを総合的に評価した結果、事実が存在する可能性がある。 「不適切である」「問題である」違法性を含むものから違法性評価を含まないものまで本委員会の目的・趣旨に照らし適当ではないと思われる。 (2)法的責任との関係 本報告書の調査・検証は、調査・検証に必要な範囲における事実認定と要因・背景の分析を実施するため行われたものであり、本事案の法的責任を問うために行われたものではない。 6ページ (3)本報告書の位置付け 本委員会は、三田市長からの命(下記@・A)をふまえ、三田市障害福祉行政において早急に改善すべきものに力点を置いた検証・報告を行うものである。 @障害者虐待の防止、早期発見及び迅速かつ適切な保護等の対応が、日々、三田市障害福祉課に求められ、本委員会の検証期間中にも新たな虐待事案が発生する可能性を鑑み、可能な限り早期に問題点の検証を終えること。 A障害者虐待の防止と早期発見にかかる具体的な方法については、本委員会の解散後に設置する組織において検討する予定であり、当該組織における議論の方向性を明示すること。 このことから、 ・客観的な事実に基づく委員会としての統一した見解に加え、時間的制約からも、断定または統一した見解には至らなかった意見についても「附帯意見」等の形で可能な限り収載するとともに、 ・提言については、今後設置される組織での議論に多様性・柔軟性を持たせるため、方向性を明示するにとどめている。 といった点について留意されたい。 7ページ 第3 三田市障害福祉課の組織・構成・権限等 1.三田市障害福祉課の構成 (1)健康福祉部および障害福祉課の職務 三田市の組織及びその事務管理に関する条例(平成16年3月16日条例第5号) (組織の事務) 第3条 部等が管理する事務は、おおむね次のとおりとする。 (略) 健康福祉部 (1) 子どもや高齢者、障害者をはじめ、すべての市民が共に支え合い、いきいきと安心して暮らすことができる地域社会の実現 (2) 妊娠・出産期から子育て期までの切れ目のない支援環境の整備 (3) 高齢者や障害者の住み慣れた地域での安心した暮らしと必要に応じて充実した施設サービスが利用できる環境の整備 (4) 健康の保持、増進のためのサービスや機会の提供等による生涯を通じた心と体の健康づくり (5) 適切な公的扶助制度の充実と市民皆保険制度による経済的な安心の確保 (6) 子どもの健やかな発育と安心して子どもの養育ができる環境の整備と青少年の健全育成 三田市の組織及びその事務管理に関する規則(平成16年3月30日規則第9号) (組織) 第2条 条例第3条に規定する部に次の局並びに課、センター及び所(以下「課等」という。)並びに係を置く。 部 室 課等 係 健康福祉部(福祉事務所) 福祉推進室 福祉総務課 福祉総務係 生活支援係 障害福祉課 保健推進室 介護保険課 いきいき高齢者支援課 健康増進課 国保医療課 子ども室 子ども政策課 健やか育成課 こども支援課(略) 8ページ (2)実際の取り扱い業務 三田市障害福祉課が具体的に行っている業務は下記のとおりである。 【平成30年度における所掌事務】(※ 下線部は福祉事務所長の権限に属するもの) 1.障害福祉施策の企画及び総合調整に関すること。 2.障害者計画及び障害福祉計画に関すること。 3.障害者の就労支援等の推進に関すること。 4.障害児療育センターに係る指定管理者との連絡調整に関すること。 5.障害者基幹相談支援センター、障害者生活支援センター、障害者就業支援センター及び精神障害者相談支援センターに関すること。 6.身体障害者デイサービスセンターに関すること。 7.障害者差別の解消の推進に関すること。 8.手話施策の推進に関すること。 9.福祉のまちづくり条例(平成4年兵庫県条例第37号)の総合的推進(他の所管に属するものを除く。)に関すること。 10.障害者福祉団体への援助に関すること。 11.障害者の相談支援に関すること。 12.身体障害者手帳、療育手帳及び精神障害者保健福祉手帳の交付に関すること。 13.障害福祉サービスに関すること。 14.障害児通所支援に関すること。 15.自立支援医療の支給に関すること。 16.特別障害者手当等及び重度心身障害者(児)介護手当の支給に関すること。 17.心身障害者扶養共済制度に関すること。 18.障害者の外出及び社会参加に関すること。 19.知的及び精神障害者の成年後見制度利用支援に関すること。 20.障害者虐待防止に関すること。 【平成5年度における所掌事務】(当時の課名は厚生課) (厚生係) ・児童福祉 ・身体障害者(児)及び精神薄弱者(児)福祉 ・母子・寡婦及び父子福祉 ・児童手当、児童扶養手当及び特別児童扶養手当 ・保育所 ・家庭児童相談室 ・児童館 ・特別障害者手当等 ・介護手当 ・市民福祉金 ・心身障害者扶養共済 (保護係) ・生活保護法 ・生活保護法その他関係法令の適用を受けない低所得者に対する生活援助の相談 ・行旅病人及び行旅死亡人 ・社会福祉統計 ・保護司会 ・福祉事務所及び課の庶務 9ページ (3)関連ある他部署との協働、連携 障害者(児)施策は、福祉または介護にとどまらず、教育・就労・医療・所得保障からまちづくりにまで広範囲に及ぶものであるとともに、児童期、青壮年期から高齢期までの全世代にまたがるものでもある。このため、障害福祉課は健康福祉部内だけでなく、庁内の各部課との調整・連携を行っているが、これは三田市だけの特徴ではなく、全国の基礎自治体に共通の状況となっている。 一方で、児童期や高齢期にある障害者(児)の福祉施策の所管は自治体ごとに異なっている(障害児は子どもが先か障害が先かという視点)。障害児はまず子どもとして児童福祉担当課で事務を分掌する自治体もあるが、三田市では子どもから大人まで一貫して同じ課(現在は障害福祉課)が所管しており、共生社会(障害の有無に関わらず共に生きる)の観点からは慎重な連携が必要である半面、子どもから大人までの継ぎ目のない支援という観点では課内で意思疎通が図れるという利点を有している。 また、三田市障害福祉課では、従来から三田市社会福祉協議会の障害者生活支援センターとは密接な連携を行っており、平成29年からは基幹相談支援センターを設置(民間法人に委託)し、特に虐待防止に関しては当該センターとの連携のもとに諸施策を推進している。 なお、身体障害者・知的障害者に関する障害福祉サービス(施設・居宅)と、障害児に関する障害福祉サービス(居宅)については、平成15年4月の障害者支援費制度の施行により、それまでの措置から利用契約を中心とした利用方式に移行し、平成18年4月の障害者自立支援法(現障害者総合支援法)の全面施行以降は、障害の種別を問わず全ての障害者に対する障害福祉サービスが利用契約方式を中心としたものとなっている(障害児については、児童福祉法を根拠とした利用契約方式と並行)。この本人の自己選択・自己決定を基礎とする利用を支援するため、平成24年からは全ての障害福祉サービス利用者に計画相談支援が必須となる法改正が行われたが、これら相談支援事業者との連携も必要となるなかで、三田市では自立支援協議会の運営とともに、事業者連絡会等にも参画し、情報交換や連携に努めている。 2.同課の組織図 三田市の組織(障害福祉に関するものに限る)の変遷は以下のとおりである。 平成5年度 福祉部 厚生課 厚生係 係長1・係員8 嘱託2・県職1 平成6年度 福祉部 厚生課 障害福祉係 係長1・係員4 嘱託2・ ※児童福祉係を設置 平成25年度 健康福祉部 福祉事務所 障害福祉課 係長以上4 係員4 嘱託2・パート1 現在 健康福祉部 福祉推進室 障害福祉課 係長以上4 係員6 嘱託5・パート1 10ページ 3.本件で問題となる権限と義務 (1)障害者虐待防止法(抜粋) (通報等を受けた場合の措置) 第9条 市町村は、第7条第1項の規定による通報又は障害者からの養護者による障害者虐待を受けた旨の届出を受けたときは、速やかに、当該障害者の安全の確認その他当該通報又は届出に係る事実の確認のための措置を講ずるとともに、第35条の規定により当該市町村と連携協力する者(以下「市町村障害者虐待対応協力者」という。)とその対応について協議を行うものとする。 2 市町村は、第7条第1項の規定による通報又は前項に規定する届出があった場合には、当該通報又は届出に係る障害者に対する養護者による障害者虐待の防止及び当該障害者の保護が図られるよう、養護者による障害者虐待により生命又は身体に重大な危険が生じているおそれがあると認められる障害者を一時的に保護するため迅速に(略)障害者支援施設等(略)に入所させる等、適切に、(略)知的障害者福祉法(略)の規定による措置を講ずるものとする。(略) 3 市町村長は、第7条第1項の規定による通報又は第1項に規定する届出があった場合には、当該通報又は届出に係る障害者に対する養護者による障害者虐待の防止並びに当該障害者の保護及び自立の支援が図られるよう、適切に、(略)知的障害者福祉法第28条の規定により審判の請求をするものとする。 (2)知的障害者福祉法(抜粋) (障害者支援施設等への入所等の措置) 第16条 市町村は、18歳以上の知的障害者につき、その福祉を図るため、必要に応じ、次の措置を採らなければならない。 一 (略) 二 やむを得ない事由により介護給付費等(略)の支給を受けることが著しく困難であると認めるときは、(略)障害者支援施設等(略)に入所させてその更生援護を行い、又は都道府県若しくは他の市町村若しくは社会福祉法人の設置する障害者支援施設等若しくはのぞみの園に入所させてその更生援護を行うことを委託すること。(以下略) (3)刑事訴訟法(抜粋) 第239条 何人でも、犯罪があると思料するときは、告発をすることができる。 2 官吏又は公吏は、その職務を行うことにより犯罪があると思料するときは、告発をしなければならない。 11ページ (4)三田市の権限と義務 知的障害者福祉に関する三田市の権限であるが、いわゆる福祉関係八法改正により、平成3(1991)年度以降は、居宅生活・施設入所ともに三田市が実施主体となっている。当時はいわゆる措置制度の時代であり、居宅サービス・施設サービスともに三田市(福祉事務所)の措置によりサービス利用が行われていた。 この措置制度は、平成15(2003)年4月よりはじまった障害者支援費制度で終焉を迎え、以降今日に至るまで、利用選択制度を基本とするものとなっている。ただし、やむを得ない事由により選択による利用が著しく困難と認められる場合には、行政による措置が行われるべき旨の規定(いわゆる措置規定)は存置され、今日に至っている。 障害者支援費制度から障害者自立支援法にかかる課題の一つは、相談支援機能の確立をみなかったことにある。平成24(2012)年の障害者総合支援法の施行により、ようやく相談支援が明確なものとなり、また、基幹相談支援についても法制化されたところである。 三田市の動きを見ると、障害者支援費制度施行と同時期に三田市障害者生活支援センターを開設するなど、過去においては県内の自治体に先行した取り組みが行われていたことがわかる。しかしながら、基幹相談支援センターについては、平成29(2017)年7月の開設となっている。 12ページ 第4 調査結果 本章以下において記載されている人物の属性等は以下のとおりである。 区 属性等 役職等 A 被虐待者本人 − B A氏の母親 − C A氏の父親 − D A氏の妹 − E 地域包括支援センター 主任ケアマネ F 障害者生活支援センター 管理者 G 基幹相談支援センター 管理者 H A氏及びDのかかりつけ医 医師 I 医療機関 相談員 J 障害福祉課 職員 K 障害福祉課 職員 L 医療機関 医師 区 属性等 役職等 M 障害者支援施設 主任 N A氏の親族 − O 障害者生活支援センター 管理者(当時) P A氏の親族 − 甲 障害福祉課 係長 乙 障害福祉課 課長 丙 福祉推進室 室長(当時) 丁 健康福祉部 部長 戊 障害福祉課 係長(当時) 己 厚生課(当時)嘱託職員 庚 厚生課(当時)職員 辛 厚生課(当時)職員 1.通報受理から警察への情報提供まで(平成30年1月16日から同年2月21日まで) 調査の結果、次の事実が認められた。 【平成30年1月16日(火曜日)(以下、年は省略する)】 ・A氏の母親Bが余命1週間程度の末期ガンであり、自宅で最期を迎えるにあたり、各種介護保険サービスを利用することになった。 ・Bが介護サービスを利用するにあたり、同日15時30分頃から、入院先の病院において、関係者で退院に向けてのカンファレンスを行う。契約のため地域包括支援センター(※1)職員(以下、「包括職員」という)Eも同席していた。退院後のBの介護を誰が行うのかという文脈において、他の家族の有無を確認していたところ、A氏の父親Cから、A氏がいる、との発言があった。A氏に手伝ってもらうことが可能かということを尋ねたところ、それは難しい、できないだろう、障害を持っているとの発言があった。Eが、末期ガンの看取りを障害のある子どものいる家庭で行うことは大変だろうと思い、大丈夫ですか?と尋ねたところ、大声を出し ※1 地域包括支援センターとは、介護保険法(平成9年法律第123号)第115条の39第1項の規定により、地域住民の心身の健康の保持及び生活の安定のために必要な援助を行うことにより、地域住民の保健医療の向上及び福祉の増進を包括的に支援することを目的として、@介護予防ケアマネジメント事業、A総合相談・支援事業、B権利擁護事業(法第115条の38第1項第4号)、C包括的・継続的ケアマネジメント支援事業の4つの事業を地域において一体的に実施する役割を担う中核的拠点として設置されるものである。 13ページ たり、あばれることがある、困っている、座敷牢に入れている、との発言があった。Eは、座敷牢という言葉を聞き、耳を疑った。同職員は、看取りの間、A氏に対する支援を提案したところ、Cが否定しなかったので、Eが続けて、帰ってから社協の障害者の支援センターから連絡して良いか尋ねたところ、Cは、いいよ、と言って、Eに連絡先電話番号を伝えた。なお同電話番号は、Cから、自宅の電話には出ないことが多いという理由で、Cの娘Dの携帯電話番号であった。同職員Eは、カンファレンス終了の際、連絡することを再度Cに念押しした。 ・包括職員Eは、三田市社会福祉協議会(以下、「社協」という)建物内にある同センターに戻った。時刻は、17時ころであった。 ・包括職員Eは、戻ってからすぐに、上司に病院で聞いたことを伝えた上で、社協の地域福祉課職員(以下、「社協職員」という)F及び基幹相談支援センター(※2)職員(以下、「基幹相談職員」という)Gに対し、Bの子どもには障害がある、大声を出して暴れる、座敷牢に入れていると聞いたことを伝えた。社協職員F及び基幹相談職員Gは、包括職員Eの座敷牢という言葉を聞き、非常に驚いた様子であった。 ・社協職員F及び基幹相談職員Gから、包括職員Eに対して、どういうこと?との質問もあった。包括職員Eとしては、その場でさらに非難や追及してしまうとCが関わりを警戒・拒否してしまうことを危惧し、専門機関につなげることを優先したとのことであった。同職員Eは、合わせて妹Dの連絡先を両職員に伝え、今日中に電話してほしい、速やかに訪問してほしい旨伝えた。 ・基幹相談職員Gは、すぐに、三田市障害福祉課職員(以下、「職員甲」という)に電話し、「座敷牢」という言葉とともに、上記の情報が入ったことを伝えた。時刻は、17時30分頃であったとのことである。職員甲からは、Cへの電話の結果が分かったらすぐに連絡がほしい、とのことであった。 ・基幹相談職員Gは、その後、速やかにCに電話をした(電話口で対応したのは、Cの娘Dであった)。基幹相談職員Gは、Dを通じて、Cに対し、Bの退院にあたり、一緒に住んでいる方を支援してほしいと聞いたので電話したこと、明日、是非伺いたいことを申出た。すると、Cからは、明日は退院日で、ベッドの搬入や在宅医療の準備などがあり、医師なども訪問され、ばたばたしているため難しい、との回答があった。翌々日の1月18日の午前も訪問看護があり対応が難しいため、午後にしてほしいという申し出があり、同日の13時から訪問するという約束になった。基幹相談職員Gは、通報受理から48時間以内という目安が頭にあったため、できるだけ早く訪問しようと考えて電話に臨んだ。同月17日の午前中の予定は空いており訪問可能でもあった。しかし、Bがガン末期ということや無理に進めて訪問そのものを拒絶されることなどを懸念し、無理に翌日午前中の訪問を強行できないとも感じていた。また基幹相談職員Gは、この時点では、座敷牢という言葉は教科書でしか聞いたことがなく半信半疑であり、別部屋に入れていることを誇張しているのかなと座敷牢の存在にはやや懐疑的であった。 ・その後、同職員Gは、職員甲に再度、連絡し、訪問の同行について協議し、また職員甲において、 ※2 基幹相談支援センターとは、障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律(平成17年法律第123号)の規定により、地域における相談支援の中核的な役割を担う機関として、@障害者等に対する総合的・専門的な相談支援、A地域移行・地域定着、B地域の相談?援体制の強化、C障害者の虐待防止・権利擁護などを行うことを目的として設置されるもので、三田市基幹相談支援センターは、三田市から委託を受け、障害者虐待の通報受理、情報収集などを三田市障害福祉課とともに行っている。 14ページ 自立支援医療の利用状況や経済状況などを調べるということになった。職員甲からは、閉じ込めている人が訪問に同意してくれているのかなどといった質問もなされた。 ・職員甲は、手帳の取得状況の確認、サービス利用の履歴、家族構成、相談の記録(庁内のオンラインで確認できる平成27年以降のもの)を確認した。 ・職員甲は、上司に、基幹相談支援センターから虐待の疑いが強い事例の通報があったことを報告した。また訪問日が翌翌日になったこと及びその理由なども添えて説明を行った。訪問の際のメンバーについても、Cが協力的に対応しており、暴力や訪問拒否などの事情がなかったことから、初動対応会議において、職員甲、基幹相談職員G、社協職員Fの3名で訪問することも決まった。 【1月17日(水曜日)】 ・職員甲は、同日14時ころから別の会合で、基幹相談職員Gと会うことがあった。職員甲は、座敷牢がどんなものか、まずは見てみないとわからないのではといったことを意見交換した。 【1月18日(木曜日)】 ・訪問に先立ち、職員甲、基幹相談職員G、社協職員Fは、これまでの経験等から、まずは拒否されないように訪問し、もし万が一拒否されたら警察に通報して支援を仰ぐつもりで臨むことなどを協議した。 ・自宅訪問には、予定通り、職員甲、基幹相談職員G、社協職員Fの3名で訪問することとなった。社協職員Fと職員甲は、同じ車でA氏の自宅に向かった。自宅に出向く車中、職員甲が収集した、Cの世帯の収入はそう多くないこと、A氏は障害者手帳を取得しているがサービスの利用がないことなどの情報が共有された。なお、Aの状況が全く不明であることなどから、事前に、当日A氏を連れて帰ることなどは申し合わせていなかった。基幹相談職員Gは、同日15時から別件の訪問があったため、別の車で自宅訪問に向かった。 ・自宅には、13時ころ到着した。 ・訪問後、3名はリビングに案内された。リビング内には、ベッドが置かれ、Bが横たわっていた。リビングの掃き出し窓からサンルームが続いており、サンルームの横に、プレハブの建物があった。 ・3名は、Cにより、すぐにプレハブ内に案内された(リビング内で座ることなく、リビングを通過して、リビングの掃き出し窓から、サンルームに出て、サンルームの右手にプレハブがあった)。3名としては、Cにより、A氏との面会が拒否されることが強く想定された。そのため、16日や17日に訪問することを強く希望せず、Cの予定に合わせたものであった。3名のこれまでの経験上、強引に突っ込むと殻に閉じこもったり、危険な行動が起こったりすることを危惧していた。このため、Cがすぐに案内してくれたことは意外であった。 ・プレハブ内には、基幹相談職員G、職員甲、社協職員Fの順に案内された。プレハブには施錠されておらず、窓も一応あった。窓は、内側からの破壊を防ぐため、内側に木枠に金網が張られた内窓が付けられていた。プレハブ内部は、電球があったもののついてはいなかった。電球がついていない状態でも、部屋の内部を十分に視認できるほどの明るさはあった。広さは、たたみ2畳ないし3畳程度の広さであった。 15ページ ・プレハブの位置・プレハブ内の檻の状況は以下のとおりである。 ・プレハブ内部に通されると、檻が設置され、檻の内部にA氏がいた。3名は、その様子を見て、強い衝撃を受けた。 ・檻の大きさは、たたみ1畳くらいの面積で、高さは1メートルを少し超えるくらいであった(裁判所の事実認定よれば、高さ180センチメートル、奥行き約90センチメートル、高さ約99センチメートルとされている)。檻内部の一部には大型犬用のペットシーツが敷かれていた。ペットシーツは定期的に交換されている様子であった。室内には、暖房器具があり、作動していた。職員の体感では、寒くなく暑くもない温度であった。Cの説明によると、夏場は、扇風機を24時間使用し(以前は、エアコンを置いていたが、2台が壊れて後は扇風機にしている)、毎日、1リットルのペットボトルを2,3本渡しているとのことであった。室内の臭いについては、尿失禁などをする高齢者宅に比べると、ほとんど気にならない程度であった。Cの説明によると、プレハブは、転居してきて1年も経たないうちに作ったとのことであった。当初は2階で生活していたものの、暴れたり、大声を発したり、弟や妹の食事をとったりしたためにプレハブを作り、そこで生活を行うようになった。しかし、プレハブの壁なども叩くことから、近所から苦情が来て、平成3年ころに檻を作ったとのことであった。 ・A氏本人の状態については、その身体に怪我や傷はなかった。衣類に目立った汚れはなく、肌はきれいであった。下半身については着衣がなかった。また手探りで動くことがあり、目が見えていないようであった(なお、聴力については、3名の間で記憶に差があり、「会話に反応することも乏しい」と述べる者と、「呼びかけたらびっくりされた様子であった」と述べる者があり、この時点で3名が聴力について共通した認識を持っていたかは不明である)。髪の毛は整えられており、ひげも剃られていた。爪も切られている 状況であった。なお、入室直後、排便の直後であり、手が汚れていたとのことであった。また目立った痩せもなく体格は良好であった。このため、虐待対応の経験のある3名としては、通常の虐待ケースでは、衣類の汚れ、髪やヒゲの乱れ、異臭、脱水症状、皮膚の荒れなどの状況が見受けられることが多いと認識していた。しかし、本人の状況は、通常の虐待ケースと一致しなかった。 ・A氏の現在の生活については、Cが2日に1回の檻から出し、サイクルとしては、夜に出てきて晩ご飯を食べ、お風呂に入れ、その日は、リビングで就寝し、翌朝起床し、朝ご飯を食べて、昼ご飯を食べた 16ページ 後、再度檻に入る、という説明であった。暴力や噛んだりすることなどは今も続いているとのことであった。 ・Cは、BがA氏の世話をするのが難しくなった2年前くらいからBに替わって世話をするようになったとのことであった。前日にもA氏を入浴させ、ヒゲも剃ったということであった。散髪はCがお風呂場で行っているとのことであった。 ・A氏の通院及び服薬についても、Cから説明があった。Cの説明では、平成3年までは病院にも受診していた。それ以降、一切受診していない。薬は、Dがかかりつけ医H通院する際、合わせて処方を受けているとのことであった。服薬については、A氏が檻に入る前にDがまとめて飲ませているとのことであった。基幹職相談員Gは、このとき、薬の種類と指示されている服薬方法を控えた。 ・Cは、20年くらい前に、三田市に相談に行ったとも述べていた。 ・この訪問の間、Bは、リビングでCとの会話のやりとりなどを聞いている様子であったが、容態が芳しくなく、発言されることもなかった。 ・職員甲が、Cに対し、A氏の施設入所の話を持ちかけたところ、Cは、金銭面を気にしている様子であった。施設の費用等を説明し、年金受給額等を確認するなど会話を進めていくと、Bの件が終わってから入所したいとの意見もあった。基幹相談職員Gとしては、初対面であることやBが終末期であること、金銭面で難色を示していることなどから、この日、これ以上施設を進めるのは厳しいと感じた。この日、Cから施設入所に向けての同意を得るところまで進まなかった。なお、当時、三田市において障害者入所施設の入所空きはない状態であった(ショートステイについては、確認次第で空きがある可能性はある状態であった)。 ・3名は、自宅を去った。基幹相談職員Gは、別の訪問予定があったため、17時ころ、職場に戻った。基幹相談職員Gと職員甲は、電話で今後の対応について協議した。A氏本人が20年以上今の生活を続けていることなどから、施設への入所に先立ち、医療受診し、視力等の確認及び感染症の有無、さらには服薬が適応しているのかといった問題について確認する必要があるという意見で一致していた。本人の状況が分からないままショートステイを受けてくれるところはないのでは、という意見も出た。またCが2年前から世話を始めるまでは、Bが20数年間、一手にA氏の世話を行ってきたことから、余命1週間の者の前から、A氏を連れて帰るのは人道的にも困難ではないかとの意見も交換したとのことであった。仮にそのような強制的な方法に出ようとし、失敗した場合には、逃げられたり、殺されたりするようなことがあっても困る、という意見も共有された。それぞれの役割については、職員甲がかかりつけ医Hへの連絡、病院、基幹相談職員Gが施設を探すということになった。またこれらのやりとりは、基幹相談職員Gのすぐそばに社協職員Fの机があったことから、適宜共有されていた。 ・基幹職相談員Gは、仮に当日、市役所内の会議においてA氏を同日中に保護するという結論になった場合に備えて、自らが関係する入所施設に連絡し、同施設の職員1名にしばらく待機してもらうなど入所用の居室を1つ確保していた。 ・職員甲が帰庁し、上司が戻ってきた後、職員甲は、障害福祉課課長乙(以下、「職員乙」という)及び福祉推進室長丙(以下、「職員丙」という)若しくは健康福祉部長丁(以下、「職員丁」という)に檻などが写ったスマートフォンの画面を見せた。時刻は17時過ぎ頃であった。職員甲らは、速やかにコアメンバー会議を開いた(おそらく、職員甲と基幹相談職員Gとの電話でのやりとりの後、会議が開 17ページ かれたものと思われる)。出席者は、職員甲、職員乙、職員丙、障害福祉課職員戊(以下、「職員戊」という)の4名であった。なお、基幹相談職員Gは、同会議に招集されていない。 ・会議では、虐待認定及び緊急性(分離保護の要否)について検討されたが、身体に目立った外傷はないこと、食事が定期的に摂取されていること、現在の生活がすでに20年以上続いていること、これらのことから今日、明日A氏の状態が急変する可能性は高くないとの判断となった。他方で、Cからは、Bの件が終わってからという申出もあったが、そこまでは待てないという意見で一致した。これらの緊急性の判断にあたっては、C票が参考にされながらチェックが入れられた(なお、C票は、本来、虐待通報の第一報があった時点において緊急性をチェックするためのものであり、コアメンバー会議において利用されるものではない。三田市において、コアメンバー会議において緊急性を判断するための帳票などは存在しないとのことである)。障害福祉課においては、少なくとも職員甲及び職員乙の在籍時、やむを得ない事由による措置(※3)による分離を実施した実績がなかったこと、Cが協力的であったこと、入所ではなくまずは医療受診が必要との認識から、本件において、やむを得ない事由による措置を実施することは検討されなかった(同課内においては、虐待事案の対応方針としては、可能な限り同意を得ながら進めることとし、無理に引き離すのは基本的に避けるというコンセンサスはあった)。 ・コアメンバー会議の結果、本件は、身体的虐待であり、方針として、できるだけ早く、A氏を分離保護(医療受診ないし入院後、施設入所の方向)することが確認された(なお、コアメンバー会議の会議録には、身体的虐待ではなく、世話の放棄・放任欄にチェックが入っているが、明らかな誤記であると思われる)。会議の終了は18時ころであった。・コアメンバー会議終了後、兵庫県の健康福祉事務所に入院の調整の打診を行ったものの、障害福祉課において調整することとなった。 なお、A氏の薬を処方している医院は、18日は木曜日であるため休診であった。 ・会議終了後、職員甲から基幹相談職員Gに対し連絡があり、病院に相談にのってもらう方向になった旨の連絡があった。基幹相談職員Gは、施設職員の待機を解除してもらうよう施設に連絡した。 【1月19日(金曜日)】 ・職員甲は、同日朝、三田市内に精神科及び入院施設を有する病院の相談員Iに架電し、A氏の受診・入院の可否について問い合わせた。情報として、A氏の同意を得ることができないので医療保護入院になる可能性があること、虐待事案であること、A氏が長年監禁状態にあること、檻又は柵の中に入っていること、健康状態や生活・服薬状況は不明であることなどを伝えた。病院側からは、すぐに受け入れることが出来るか否か確認するとの回答があり、いったん電話は切られた。 ・その後、折り返し病院の相談員Iから電話があったのは、お昼前後であった。なおこの病院以外に三田市内に精神科であり、かつ入院施設を有する病院はない。電話で確認された内容は、1月22日 ※3 やむを得ない事由による措置とは、知的障害者福祉法(昭和35年法律第37号)第15条の4若しくは第16条又は身体障害者福祉法(昭和24年法律第283号)第18条の規定により、やむを得ない事由により介護給付費等の支給を受けることが著しく困難であると市町村が認めるときに、当該市町村が障害者支援施設等に入所させて援護を行うものである。やむを得ない事由としては、判断能力を著しく欠くまたは虐待等により介護給付等を利用することが著しく困難であること等が挙げられる。なお、身体障害者又は知的障害者以外の障害者(精神障害者等)については、障害者虐待の防止、障害者の養護者に対する支援等に関する法律(平成23年法律第79号)第9条2項の規定により、身体障害者又は知的障害者とみなして、上記各法の規定が適用される。 18ページ (月曜日)に受診すること、その際、医療保護入院の可能性があるので家族も同席すること、現在の医療の情報提供が必要であることなどであった。 ・職員甲、同病院職員Iのいずれの判断により月曜日の受診となったかは最後まで確証を得るに至らなかった。しかし、障害福祉課の方針としては、19日の即日入院という方針ではなかったこと、架電を受けた時間が病院の午前の診察の終了間際であったこと、Cに事前に金曜日の訪問や受診などを知らせていないこと、CがA氏とともに自宅を出る場合終末期のBを置いていくことになること、A氏を連れに行くとなると暴れる可能性などもあるため複数の男性職員を手配する必要があること、檻に入っていたものの身体の状態は比較的良好であったことなどの事情から、翌週の受診となることについて、職員甲及び病院職員Iのいずれもが疑問を挟むことはなかったと思われる。 ・同日16時半ころ、職員甲及び基幹相談職員Gは、A氏の自宅を訪れた。職員甲は、翌週の月曜日、A氏を前記病院に受診させること、その際、Cに同行してもらうことについて同意を得た。訪問の際、A氏の食事の準備等がなされており、A氏の状況も確認したが特に大きな変化はかなった。またこのとき、A氏の妹Dから、A氏が服薬している薬を見せてもらったが、保健師でもある職員甲としては、これだけ多種多量の薬を服用しているのかと驚いたほどであった(基幹相談職員Gと職員甲との間において、薬を見せてもらった時期について微妙に記憶が異なるものであるが、16日のみならず18日も見せてもらい、驚いたという事実は、双方両立しうるものであるため、あえて否定することはしなかった)。 施設入所の話も行ったが、Cは入所費用のことを心配し、1か月のうち、1週間であればよいとの発言やかつて転居する前にはショートステイを利用したことがあったことなどを話していた。入所の話については、Cから金銭的負担を理由にまだ消極的な態度が見受けられたため、できるだけ近いところを探すよう努力するという程度の話にとどめられた。さらに、万が一Bが急変し、そのことにより、家族がA氏の食事の世話などができなくなってしまったような事態に備えて、緊急の連絡先を伝えた。 ・職員甲、基幹相談職員Gは、自宅を退去した後、総合福祉保健センターに戻り、社協職員Fとともに土日の対応等を協議した。このとき、職員甲から、万が一、Bが急変したとき誰が対応するか、その際のA氏の身体をどこでみるかなどについて協議された(3名のうち1名の記憶では、土日に急変した場合には、病院での入院について了解をもらっているとの発言があったり、また他方で、他の1名の記憶では、関係先の施設の1部屋で付きっきりで対応する方針であったりなど、土日にどのような態勢で引き受ける予定であったかについては証言が分かれた)。もっとも、あくまで3名で協議されたのは、Bの急変によりA氏の生活の世話をする人がいなくなる点での対応であり、Bに関係なく、A氏の体調等が急変した場合については、誰も協議しておらず、A氏の様子を土日に見に行くなどの点は議論にならなかった。 ・職員甲は、帰庁後の18時前後頃、職員乙及び職員丙に対し、受診について同意をもらえたこと、緊急連絡先を伝えたこと、土日出勤の可能性があることを伝えた。その後、A氏が暴れる可能性があるかもしれないという点を考慮し、男性職員、メガネをかけていない職員の中から2名(以下J・Kという)を選び、22日月曜日は、動ける服装で出勤するよう声をかけた。 19ページ 【1月22日(月曜日)】 ・同日、始業の直後、A氏のかかりつけ医Hから、受診予定先の病院に対してであれば、直接情報提供を行っても良いとの回答があった。 ・同日は、職員甲及び障害福祉課の男性職員J・K2名の合計3名でA氏の自宅を訪問することになった。 ・自宅に着いたとき、職員甲と男性職員のうち1名Jが自宅に入り、もう1名の男性職員Kは、車中で待機することになった。 ・自宅に入ると、A氏の衣類の着用が終わっていなかったので、Bとともに男性職員Jが更衣を介助した。男性職員Jは、初めてA氏を目にしたとき、20数年間檻の中で生活していたと聞いていたものの、体格も良いなど思っていた印象と違ったものであった。職員Jが手を引くとA氏は暴れることもなく、移動した。また服薬がまだ終わっていなかったので、A氏は、その場で薬を飲んだ。職員甲は、B又はDから、薬の種類及び量などは聞いていたが、一度に、まとめて飲んでいることをこのときはじめて知った。 A氏が歩く姿は、特にふらつくこともなく、腰もそこまで曲がっていなかった。またA氏は嫌がることなく、スムーズに自動車に乗車した。乗車後、男性職員J・K2名がA氏の両サイドを挟む形で着座した。A氏は、走行中突然立ち上がったりすることがあったため、男性職員J・Kがなだめるなどしながら、病院に向かった。病院までの所要時間は15分程度であった。 ・病院に着き、受診を待っていると、当初診察を予定していた医師ではなく、他の医師Lが診てくれることとなった。職員甲が同医師Lに対し、これまでの生活状況や服薬状況、スマートフォンに保存していた写真などを見せると、同医師Lは、すぐに、入院ではなく、施設の方が良いであろうと判断し、自ら関係する施設に入所できるよう手配を入った。このときAは、医師Lからの正式な診断は受けておらず、簡単な視診と聞き取りが行われたのみであった。当然採血等、各種検査は行われていない。 ・その後、施設との調整を待つ間、A氏が立って周囲を歩いたりすることがあり、その都度、男性職員J・K2名がなだめたり、腕をもって一緒に座るなどしていた。 ・そして、施設との調整が完了し、職員甲、A氏、男性職員J・K2名、Cの5名で施設に移動した。施設までは片道車で30分程度であった。 ・施設到着後、A氏は、部屋に案内され、ベッドに寝ころび、笑顔を見せた。 ・C、施設職員M、職員甲、男性職員J・K2名らで、これまでの経緯の説明と契約や着替えの話などが行われた。 ・施設を後にしたのは、だいたい13時ないし14時ころであった。 ・帰庁後、職員甲は、職員乙、職員丙に対し、医療保護入院ではなく即日ショートステイで入所となったことなどを報告した。職員甲、職員乙ともに、短期入所は通常、緊急時といえども難しいため、すぐに利用が決まりホッとした。 ・職員乙は、職員丙、職員丁とともに、この日から遠く離れていない日に、市長及び副市長に本件について報告を行った。市長及び副市長は、今後も適切に対応するように、と答えていた。 20ページ 【1月23日(火曜日)】 ・職員甲及び社協職員Fは、14時ころ、Cのいる自宅を訪問し、入所の各種手続きのため訪問した。Cからは、短期入所が利用できてホッとしたとの発言があった。 ・日時は、定かではないが、基幹相談職員Gは、職員甲及び職員乙に対し、警察に対して言わなくても良いのかと尋ねたところ、両職員は言わなくても良いとの回答であったとのことである。なお、職員乙は、この点についての記憶はない。職員甲は、基幹相談職員Gとこのような会話を行ったことを記憶していないが、内部で警察への通報の話をしたことあるとのことであった。もっとも、これまでCの同意を得ながら進めてきて、それが一段落したからと言って、手のひらを返すように警察通報するのは職員甲個人としては心理的に抵抗はあったとのことである。ただし、将来にわたり通報すべきではない、というところまでも考えてはいなかったが、保護の直後に通報すべきではないと考えていた。 【1月30日(火曜日)】 ・9時過ぎころ、基幹相談職員GのもとにCから、Bが亡くなった旨の連絡があった。 【2月5日(月曜日)】 ・区分認定のための調査のため、職員甲、基幹相談職員Gで施設を訪問。入所後のA氏の状況について、施設職員から説明を受ける。 【2月9日(金曜日)】 ・職員甲、基幹相談職員G、社協職員Fで再度自宅を訪問し、Cと面談した。今後の施設入所やその費用等について協議した。 【2月19日(月曜日)】 ・新聞記者から本件について電話があり、取材の申し入れがあった。 【2月20日(火曜日)】 ・職員甲、職員乙でCを訪問し、マスメディアから取材の申し込みがあったことを伝える。その際、Cから、マスメディアに情報提供することについて同意を得た。 ・同日17時30分、市長に対し、これらのことを報告し、警察に情報提供することの承認を得た。 【2月21日(水曜日)】 ・再度、職員乙、職員丙で、Cを訪問し、再度、マスメディアに対する情報提供の範囲について確認を行った。その際、Cに対し、警察への情報提供についても説明された可能性がある(職員丙の記憶はこのとき行ったか定かではない)。 ・同日16時、職員丙、職員丁が三田警察署生活安全課を訪れ情報提供 21ページ (参考)2月22日以降の動き 【4月7日(土曜日)】 ・C逮捕 【4月27日(金曜日)】 ・C起訴 【6月27日(水曜日)】 ・神戸地方裁判所より、Cに対し、懲役1年6月、執行猶予3年の判決言い渡し。 2.過去の対応 本報告書において検証対象となる過去とは、平成3(1991)年6月に被虐待者の一家が三田市に転入してきてから(第1-1.-(2)-B、第2-1.-B)であるが、具体的には次の2点とする。 (1)平成3年6月から平成6年3月31日まで(残存する記録より) (2)平成25年8月2日から同月時期不詳まで(記録及び親族等への聴き取り結果より) 次に、これら2点については、それぞれ25年以上前、5年前のものであり、三田市の関係者については、異動・退職等もあり明確に覚えているとする者が皆無であったことから、 ・記録で確認できる出来事については事実として ・記録では確認できないものの関係者への聴き取り内容から間違いないと思われるものは事実として記載したのち、事実の存在が明確に否定されないものについては ・複数の対立する聴き取り結果や記録を併記するにとどめている。 なお、過去の対応に関する聴き取りから浮上した事実として、医療機関の受診及び服薬管理に関する問題があるが、三田市の対応の検証とは直接的な関係は見出しがたいものの、家族による長期間の監禁が放置された要因の一つ(≒社会の対応)という点で、また、第6の提言においては看過されるべきものではないことから、本章において、 (3)平成3年6月から平成30年1月22日までの受診状況 にかかる聴き取り事実についても掲載するものである(第5の検証においても同じ。)。 (1)平成3年6月から平成6年3月31日まで 【平成3年8月6日】(本人15歳7カ月) 三田市厚生課(当時)職員己(以下「職員己」という)のケース記録は以下のとおりである。 ・定例児童相談日において、A氏・B・C・Dが市を訪れ西宮児童相談所ケースワーカー及び心理判定員の面接があった。 22ページ ・自傷・他害(母親)あり。近所の手前居づらくなり三田市に転居してきた。 ・精神安定剤を服薬している。 ・家庭でもひと部屋にとじこめている状態である。 ・判定結果は「最重度」であり、遠城寺式テスト結果(移動運動2歳7カ月・手の運動1歳10か月・基本的生活習慣2歳7カ月・対人関係1歳7カ月・発語6カ月?言語理解11カ月)についての記載があるが、聴覚・視覚についての記録はみあたらない。 【平成5年8月20日】(本人17歳8カ月) 職員己のケース記録は以下のとおりである。 ・特別児童扶養手当の現況届のためBが市を訪問した。 ・A氏は現在在宅しており、作業所に行けるような状態ではない。 ・特別障害児福祉手当、介護手当の申請書類を手渡し説明を行った。 【平成5年8月30日】(本人17歳8カ月) 職員己のケース記録は以下のとおりである。 ・特別障害児福祉手当、介護手当の申請書を受理(郵送・来所のいずれかの確認は不能) 【平成5年9月3日】(本人17歳8カ月) 職員己のケース記録は以下のとおりである。 ・特別障害児福祉手当が認定された。 【平成5年11月11日】(本人17歳10カ月) 職員己のケース記録は以下のとおりである。 ・実態把握のため三田市厚生課職員己及び同課介護手当担当職員庚(以下「職員庚」という)の2名が家庭訪問し、A氏及びBと面接した。 ・A氏はこたつに入りおかしを食べていたが以前(定例相談日)より落ち着いた風であった。 ・転居と同時にCが転職し、休みの日にはよく関わってくれている。 ・施設に入れてしまうと他の兄弟とのかかわりも疎遠になりかねないため、家庭で家族の一員として生活させようと皆で協力されている様であった。 ・子どもの時からかかっていた医師Hの投薬が、最初は調整できず大変であったがその後落ち着いてきた。 ・最近でも目を離すと外へ飛び出してしまうので目離しできない。どうしても用事のある時には1室にとじこめ外からかぎをかけている。 ・作業所については行っても何もできないので適切ではないと思う。親の会の活動にも母自身参加できる状況ではないとの所見 ・在宅による親の負担を少しでも援助できる制度として、緊急一時保護制度の利用について説明した。 23ページ 【平成6年1月10日】(本人18歳0カ月) ※ 下線部は委員会補注 職員己のケース記録は以下のとおりである。 ・平成5年12月19日で18歳に到達し精薄担当辛(成人担当のことと思われる。)(以下「職員辛」という)に引継ぎケースとする。(記録では5年のスタンプがあるが前後関係等から6年と思われる。) 【平成6年1月11日以降の記録】 ・成人担当の職員辛による引継ぎ後の記録が一切確認できない。上記の引継ぎ後の記録が途切れたままとなっている。 【上記期間における訪問の有無・檻の現認の有無について】 ・家族・市職員の聴き取りで一致するものはなかった。下記は双方の聴き取り結果を併記している。 Cの聴き取り結果 ・転居して間もなく、市の若い男女2名が訪ねてきた。 ・檻に入っている状態の息子を見せた。男性はプレハブの中に入り、女性はドアのすぐ横に立っていた。 ・何か言われると思ったが何も言わずに帰った。 ・それ以降何度か来たと母親から聞いている。 ・18-20歳までだったと思うが、20歳になる前くらいからは全く来ていない。 職員己・庚・辛の聴き取り結果 ・職員己においては、当該家族の記憶が全くない。 ・職員辛も、当該家族の記憶が全くない。当該業務に従事した1年間において、施設入所させた1件を除き記憶がない。 ・職員庚についても、当該家族及び訪問の記憶がない。 ・職員己によると、当時は部屋で鍵のかかるとこに入れていたり、母親が何も用事できないので鍵をかけていたりというケースはたくさんあった。 ・職員庚によると、本ケースとは別の場面で座敷牢という話が出ていた記憶はある。ただそれも過去に屋敷の中で人目に触れられない、隔離されていた方がいた、そういう時代があったと話の中で伝え聞くにとどまり、実際目のあたりにするとか、具体に聞いたとかいうのではない。 【上記期間におけるケース記録の引継ぎについて】 ・大人の知的障害者に限らず、手帳業務においても引き継ぎというのはあまりなく、席の後ろにケース記録があってそのままの状態であった。 ・児童担当が持っているケースの整理は月1回行われ、年齢に達した子のケース記録を引き出して成人のケースワーカーに引き継いでいた。しかしながら、ケース会議を開いたうえで、必ずお互いに情報交換を行った上で引き継ぐという仕組みができておらず、機械的に行われていた。 24ページ ・危機感があるケースについてはケース検討会をしていたが、通常の引き継ぎはケース会議を開いてやっていくというわけではなく、ケース記録を渡した時に印鑑を押すことで引き継ぎとしていた。 【その他、三田市転居前後の家族の動静について】 ・Cは三田市に転居する前に、大阪府内の施設を2カ所訪れている。 ・1カ所では現在空きはないが2,000万円あれば代議士に頼み何とかなると言われ、もう1カ所では指示に従わない入所者に対し、職員が石をぶつけ、Cが注意すると無言で立ち去ったと発言している。これらの体験から、Cは施設にはとても入れない、入れたくないとの思いを抱いた。 (2)平成25年8月2日から同月時期不詳まで(記録及び親族等への聴き取り結果から) 【平成25年8月2日】(本人37歳7カ月) ・A氏の親族Nが、平成25年5月にBから抗がん剤治療を受けることを聞き、先のことを考え施設入所について相談するため、三田市障害者生活支援センターに電話を入れた。 ・三田市障害者生活支援センター職員Oは、電話で8月5日来訪の確認をした。 【平成25年8月5日】(本人37歳7カ月) ・A氏の親族N及びP2人が、当日の昼過ぎに三田市障害者生活支援センターを訪問し、職員Oに施設入所について相談をした。 ・職員Oは三田市内の施設の一覧表を見せ、プリントアウトして親族N及びPに渡した。 ・職員Oは三田市障害福祉課に、A氏の存在の有無及び障害程度区分の認定状況について情報提供を求め、存在と障害程度区分がないことを確認したうえで、家族の事情についても聞き、Bから電話が欲しいと伝えた。 ・その後親族2人はA氏宅を訪れ、B及びCに職員Oから渡された資料を渡して一連の経緯を説明した。 ・Bは説明に対して頷いたが、入所相談について強い意思を見せるでもなく拒否するでもなく、その意思は確認できなかった。 ・なお、職員Oによる相談記録票の所感欄は上記両方ともに空白であった。 ・8月6日以降の記録は存在しない。 【平成25年8月6日以降(時期不詳)】 ・前日からしばらくして、CはBを車に乗せ、三田市障害者生活支援センターに向かった。 ・Bが一人で建物内に入ったが10分もたたずに帰ってきた。内容は何も言わず、相談記録もないことから、相談には行っていない可能性が高い。 ・Bは施設入所には消極的であったと思われる。 25ページ 【上記期間における聴き取り事実の相違について】 ・親族・障害者生活支援センター職員の聴き取りで一致しなかった発言については下記のとおりである。 N及びPの聴き取り結果 ・相談をしたときにまず言われたのは、親族だけの相談では動けないので、家族の人が来てくれと言われた。 ・本人の様子を見ないとダメなので、Bのほうから電話をしてほしいと言われた。 職員Oの聴き取り結果 ・通常の場合、来てくれとは言わない。行けるのであれば伺う、訪問する方が暮らしぶりとかもわかるので。 ・このケースは本人の連絡先もわからないので、親族に伺えると伝えてほしいとなったかと思う。 ・障害のある方はそう出られる状態でもなく、交通手段もない場合もあり、センターも立地条件がいいわけでもないので。 (3)平成3年6月から平成30年1月22日までの受診状況・服薬状況等 ・A氏のかかりつけ医師Hは、子どもの頃から受診をしていた医師であり、当該医師が伊丹市内に開院後も引き続きかかりつけ医であった。月に2回薬を貰っていた。 ・かかりつけ医Hが伊丹に開院するまでは、CがBを2・3度連れて行ったことがあるが、伊丹に開院してからはCは行った事がない(転居が平成3年6月であるため、26年以上の未受診となる。)。 ・A氏については、三田市に転居してからは一度も通院したことがなく、薬はBが、後にはDが貰いに行っていた。A氏の状況から連れてはいけないとのことであった。 ・A氏の状況については、Bは伝えていたと思うが定かではない。 ・薬の種類は(平成30年1月時点で)、レボトミン7錠・アーテン3錠・デパケン3錠・テグレトール3錠・ハロペリドール3錠・リスペリドン2錠であり、1日4回に分けて服薬する旨の記載があった。 (レボトミン(朝2錠・昼2錠・夜2錠・眠前1錠)、アーテン・デパケン・テグレトール・ハロペリドール(朝昼晩1錠)、リスペリドン(眠前2錠)) ・Bは処方された薬の半分は飲ませていない。ある日物置の中に薬の袋が大量にあり、CがBに聞くと服薬した時の他の障害者の様子が見るに堪えないとのことであった。 ・当該服薬の状況は、DがBから引き継いだ後も同様に続けられていた。 ・なお、1月22日の入所後は、施設において服薬調整が行われ、薬の種類・量ともに激減している。 26ページ 第5 検証結果 1.視点1及び2(通報受理から分離保護、分離保護から警察への情報提供まで) 本委員会で議論を重ねるうちに、論点1・2については、下図のイメージに収斂されていった。特に、 ・16日(第一報)に訪問し、即日保護することはできなかったのか。 ・翌17日に訪問はできなかったのか。 ・18日の現認後、速やかな保護はできなかったのか。 ・19−21日に保護はできなかったのか。 ・16−21日における警察への介入要請、22日及びそれ以降における警察への情報提供はできなかったのか。 等については、評価を確定するまでに多くの時間を費やしたが、それはすなわち本案件のもつ特殊性によるところが大きかったこと を物語っている。 これらの評価を行う上で、本委員会としては、前記第4−1.における調査結果に基づき、次の7つの視点から、三田市の対応について検証した。検証結果は、(8)記載の通りである。 (1)情報の伝達における問題点 ア)通報受理時 イ)受理された情報の伝達 ウ)コアメンバー会議(1月18日)で提供された情報 エ)三田市から病院への打診 (2)情報収集における問題点 ア)情報に接触した時点 イ)初回訪問前・医療からの情報 ウ)初回訪問時 エ)初回訪問後 (3)コアメンバー会議等での意思決定における問題点 ア)コアメンバー会議の参加者 27ページ イ)分離保護の判断基準 ウ)警察への情報提供の基準 エ)分離保護における他事考慮 (4)医療・福祉との連携における問題点 ア)かかりつけ医から行政への情報提供拒否 イ)行政と病院との連携 ウ)入所先施設 (5)行政の体制における問題点 ア)人員 イ)勤務体制 ウ)虐待対応の知見・専門性 エ)法的助言 (6)過去の経験・ノウハウ等における問題点 ア)分離保護の経験 イ)やむを得ない事由による措置 ウ)過去の対応経験 (7)利用可能な医療・福祉等の問題点 ア)地域において対応可能な病院 イ)地域において対応可能な入所施設等 (8)検証結果 以上のとおり、合計24項目の視点から検証を行った結果は、次の通りである。 ア)1月16日の初動 ・第一報受理時点における情報収集としては、特に大きな問題はなかったものと思われる。しかしながら、「座敷牢」というキーワードを養護者自らが述べていたこと、養護者が連絡先として積極的に娘Dの携帯電話番号まで教えたことなどからすれば、緊急性を要する可能性がある一方で、養護者から訪問拒否等の態度を示される可能性は必ずしも高くなかったと思われる。このことから、受理後のもう一歩踏み込んだアセスメントと、当該アセスメントに基づく再判断が、障害福祉課において必要であった。 ・1月16日の第一報に触れた時点での情報として、 @A氏の受傷など、直ちにA氏の生命・身体に危険を及ぼすような状況にはないこと A家族が拒否的ではないこと(Bが看取り期にあり、退院を控えている状況下でC自らが発信した情報であること) があり、また、職員甲、基幹相談職員G、社協職員Fの3名のこれまでの経験等から、 28ページ B家族が拒否的でない場合には、養護者等の同意を得ながら虐待対応を進めるということが、結果的に迅速かつ円滑な保護につながるという一定のコンセンサスがあったことなど、アセスメント前の情報とこれまでの経験から今回のアプローチを描いたこと自体は、直ちにかつ全面的に否定される支援手法ではない。 ・しかしながら、虐待対応の姿勢として、本人の生命及び身体に危険が及びうることや本人が犯罪被害の状況下に置かれ得ることは常に念頭において対処すべきものである。まして「座敷牢」という言葉を耳にしたのであれば、基幹相談支援センターに情報がもたらされた時刻に関係なく、Cへの架電時に、当日中の訪問とA氏の確認について要請を積極的に行うべきであり、また、上記情報を補うためのさらに踏み込んだアセスメントを実施し、そのうえで(基幹相談支援センターではなく)三田市としての対応を協議すべきであった。 ・今一度、第一報からの情報の流れを確認してみると、地域包括支援センター職員EのみがCと直接対面の上情報を入手(「座敷牢」を含む)しているが、その後は間接情報として基幹相談職員Gと社協職員Fを経たのちに、職員甲に伝わっている。事実認定のための聴き取りにおいても、座敷牢という言葉を直接聞いた職員Eの持っていた切迫感と、間接情報に基づき行動した他の者の間には回答の温度差があった。いずれにしても当該情報の真偽を確認するためにも、保護等に関する最終権限を有する三田市自体が本人確認を行ったうえで判断することが適切な手法であったと考えられる。 ・初動対応会議においても、職員甲以外は専門職ではなく、さらには三田市障害福祉課には措置に関する具体的な基準がなかった。加えて、これまでに(当該会議構成員の在籍中の期間)措置の経験もなかったため、措置による緊急保護が議題とならなかったことも、対応の選択肢を狭めた要因となっている。なお、一般的には、組織において上位の職にある者が措置権の発動などの迅速な対応を指示しない場合に、下位の者が措置権の発動を主張しかつ決定までつなげていくことは困難であると思われる。この点で、個ではなく組織として十分に機能していたとは言い難い。 ・なお、第一報の面談時及び基幹相談職員Gの架電に対し、家族が拒否的な対応ではなかったことなどから、16日において警察の介入を要請しなかったことについては不適切とまでは言えない。 イ)1月17日の動き ・前日(16日)のCと基幹相談職員Gの電話でのやりとりの結果、この日に訪問することはなかった。その理由であるが、終末期の看取りを在宅で行うこととなったBの退院日と重なっていたために、Cから訪問を翌18日にしてほしいとの要望を了承し、三田市障害福祉課もこれを了解したことによる。なお、この日にあらためて会議を開くことはなく、また、前日の決定を再点検する動きは見られないなど、結果的には空白の一日が生じている。 ・オ)において詳述するが、17日の訪問を断念した理由が本人の視点ではなく、家族の事情を理由とするものであり、この事情のみをもって、(座敷牢という情報が共有されていながら)17日に訪問日を設定しなかったことが正当化されるものではない。 ・なお、警察の介入の要請については、前述と同様に不適切とまでは言えない。 29ページ ウ)1月18日の訪問決定 ・同日の訪問が午前ではなく午後になった理由は、午前中にBの訪問看護があったことによるものである。17日と同様に、このこと(Bの事情)だけをもって、同日午後の訪問になったことを積極的に肯定する理由とはならない。 エ)初回訪問時の情報収集 ・初回訪問時、訪問者のいずれもA氏及びその環境を視認するとともに、スマートフォンを利用するなどにより必要な物証も保全しているなど、情報収集の方法としては問題はなかった。Cからの聴き取りも、Cの同意を得る形で進められ、結果として過去(三田市転入直後)から現在に至る相当量の情報が得られ、また、後述する医療面の関わりを含めた広範な情報が得られたことについては、量的側面及び虐待判断に係る質的側面の双方ともに問題があるとは言えない。 ・問題はむしろ、ここで得られた情報の活用なり、その際の判断基準のブレであるが、これについては以下のとおりである。 オ)他事考慮 ・ア)からエ)に共通する問題、かつ本件にかかる論点1及び2の本質的な問題としては、「本人不在」により検討が言われ、本人以外の視点・基準により判断が行われたことにある。 ・その発端は第一報に接した16日にさかのぼる。16日の初動時から既に本人と本人以外の事情(前述ア)@A参照)が同列で検討され、その結果として、家族の状況・意向に柔軟に対応していくというスタンスが基本路線となったことが挙げられる。この時点で「本人不在」のアプローチが既に芽生え始めたことが、その後の「全ての」対応を失速させた要因の一つとなっている。 ・総括として、16日時点の判断が本人ではなく家族の視点を基準としたこと、これを是正するための行政外部の意見が届いていなかったことが、その後の対応の方向性の全てを支配することとなった。 ・A氏の自宅を訪問した3人は、Bが余命1週間ないし10日程度であることを知っていた。またBの容態を実際目のあたりにした。Cの説明によれば、20数年間、A氏を主に世話してきたのは、Bである。A氏には下に兄弟姉妹が3人いた。Bが20数年間どのような思いでA氏を育ててきたかに思いを寄せれば、B及びCの同意を得ることなく、第一報接触時から18日の訪問日までのいずれかの時点でA氏を連れ出し保護するという選択肢が遡上に上らなかったのは、家族の視点を基準として判断してしまったことによるものである。 ・これに加え、訪問した3人ともが認めているように、当初想定されていた座敷牢で長年の生活を送っていた人物像とは程遠く、受傷もなく、比較的身体の状態が良好なA氏の状態も、BやCからA氏を分離・保護することに対する心理的障壁の形成を後押しした重要な要素となっていると考えられる。 ・後述する土日(20日及び21日)対応について、A氏の早期保護の視点以上に、Bの急変という受動的かつ本人以外の状況をベースとした検討が行われたことも上記を裏付けるものであり、第一報接触時の情報(座敷牢)や、18日の現認時(檻の中の生活)の衝撃をもってしても、A 30ページ 氏の分離・保護が唯一かつ最優先の方針とならなかったことは、虐待対応時の視点(本人中心)としては不適切であった。 (付帯意見) ・本委員会としては上述の意見が大勢を占めることとなったが、評価検討時においては、「当該評価は、現時点から当時の判断を評価するものであり、実際に現場に立ち会い、瞬時の判断を求められた状況を考慮しておかなければならない」との意見があった。 ・特に、18日の初回訪問時には、A氏の衝撃的な状況とともに、Bの終末期における心身状況にも接している。加えて、Cをはじめとする家族の協力的な姿勢にも接している。このような極めて特殊な状況(一般的に想定される虐待時とは異なる状況を言う)にあって、これに接した行政職員ほかの者に、判断基準の揺れがあったことを机上で指摘するだけで十分かという意見があった。 ・特に、Bの状況は終末期にあり、その心身状況は一目で相当に重篤な状況であることがわかるものであった。この時の空気感は、報告書で表現することは困難である。 ・A氏の置かれている「事実」としての状況と、A氏を家族の同意なしに分離・保護した際に想定されるB及び家族の「可能性」としての状況に同時に接した際の判断について、現時点で評価を行うならば、「事実」と「可能性」、「本人」と「家族」という、本来比較対象とならない両者を比較したことが不適切となるが、その瞬間における「可能性」「家族」の持つ重みは、当該現場に実際にいた者でなければ理解できないものである。 ・以上の空気感を全く考慮せずに机上で評価を下し、最終的な評価以外の意見が記載されない場合には、本報告書に接する者が、無責任に三田市としての判断ひいては特定個人を批判するだけのものとなる危険がある。 ・本報告書は、第2−3.―(2)に示すとおり、法的責任を問うものではなく、まして、故意や悪意がない限り特定個人を非難するものであってはならない。これは本報告書に接する関係者やこれを客観的に報じるべき機関においても同様に留意されるべきものであり、そうでなければ、本報告書が最も訴えたいことは何ら伝わることはなく、また、三田市以外において参考とされることもない。 ・以上をふまえ、委員会としての評価を批判するという意味ではなく、また、今回の対応を正当化するものではないものの、本報告書が単に机上の評価のみを行ったわけではないことを証するためにも、また、実際に現場で虐待対応にあたる者が置かれている極限の状況に対する理解と、当該状況の改善のための検討を促すものとして、上記付帯意見を記すものである。 ・本件において、間違いなく言えることは、長年にわたり、狭い檻の中に(2日に1度は出されていたものの)閉じ込められ、外部との接触を遮断され、人に知られることなく人生の大半を過ごしてきたA氏が最大の被害者であり、同氏の身体的・心理的苦痛は、我々の想像をはるかに超えるところである。 ・虐待対応において時折見られることであるが、障害者虐待防止法の求める養護者支援を養護者の同意を取って行う支援と取り違えて、支援に臨んでしまっている関係者が少なからず存在する。虐待対応において、第一義に考慮されるべきは、虐待を受けている本人の権利利益である。時に本人と養護者等の利益を天秤にかけて考量する関係者が存在するが、虐待状態が解消された後であればともかく、虐待者と被虐待者の関係性において、両者の利益を同時に勘案することは誤りである。 31ページ ・また少なくとも施設入所に関しては、仮にCの同意が得られなかったとしても、やむを得ない事由による措置による入所が可能であり、Cの同意の有無を過大視すべきものではない。そもそもCの同意に重きを置いてしまえば、虐待を行っている養護者の同意がなければ、分離保護できないという不当な結論に陥ってしまうこととなる。 ・このように、本件においては、Bの病状とCの同意が、A氏の当初の予想に反した比較的良好な身体状況に後押しされ、考慮事項とされてしまったと言える。もっとも、基幹相談職員Gは、このような考慮を行いながらも、当日A氏を分離する可能性も視野に入れながら行動していたものであるが、後述するように、Gが意思決定の場で意見を表明する機会が与えられることはなかった。 カ)コアメンバー会議での手続き・意思決定 ・本件のコアメンバー会議での出席者は、職員甲、職員乙、職員戊の3名であった。三田市が平成29年7月に改訂した「三田市における障害者虐待の防止と対応」(いわゆる「障害者虐待対応マニュアル」)では、コアメンバー会議の「窓口・実施機関」として、「市・障がい者基幹相談支援センター」とされているが、基幹相談職員Gは、同コアメンバー会議に招集されていない。 ・同センターに障害者虐待対応の通報窓口が三田市から移管されたのは、平成29年7月であるが、同月以降、基幹相談職員Gがコアメンバー会議に招集されたことはこれまで一度もないとのことである。同マニュアルに規定されている手続きを取っていなかったことは、それが帰結にどのような影響を及ぼし得たかともかく、手続き違反ともいえる行為であり、極めて問題のある対応である。 ・また、訪問によりA氏やその自宅の様子を見てきたのは、会議出席者のうち、職員甲のみであった。事実の伝達、報告という意味においては、複数の者による報告が有効である。特に職員甲が専門職であったことも加わり、職員乙、職員戊としては、全面的に職員甲の報告に依拠せざるを得ない状況となってしまった。このように職員甲のみの聴き取りに依拠することは、情報の伝達手法として問題があったとともに、職員甲に過度な負担、緊張を強いる結果となるものである。なお、緊急対応が必要となる可能性がある場合には、現場で緊急対応を行うか否かの判断ができる者の同行が必要である(さらに言えば、女性である職員甲が成人男性(Cの発言では暴れるとの情報あり)を安全に保護できたかどうかと言うことを考えると男性の職員の同行についても検討されるべきであったと思われる。)。 ・さらに、コアメンバー会議においては、緊急性の判断結果として「緊急保護の検討」「保護の集中的援助」「防止のための保護検討」といった3つの段階がある。「緊急保護の検討」という文言は、あくまで保護を検討するにとどまるものであり、保護を言うことを決定するという内容になっていない。「保護の集中的援助」についても、誰が誰を援助するのか、どのように援助するのかも不明確である(本件においては、コアメンバー会議においては、保護の検討の集中的援助にチェックが入っている)。さらに「防止のための保護検討」というのも、その意味がよくわからない。このように基準自体があいまいである。本件におけるコアメンバー会議においては、即日ではないができるだけ早く分離、という方針が決定されたが、何を基準にそのような判断となったかが明確性を欠く。またどのような犯罪類型があれば、即日保護するといった基準も存在しない。このように、会議録上は一応の基準が存在し、その 32ページ 基準に照らして判断されているものの、その判断には解釈の幅があまりにも大きく、基準として有効に機能していないと非難されてもやむを得ないものである。 ・被虐待者と養護者との分離保護を検討するコアメンバー会議においては、第一にやむを得ない事由による措置による分離が検討されるべきである。しかし、本件においては、 @過去にやむを得ない事由による措置の権限が発動されたことがなく、その要件、行使方法が職員甲、職員乙らにとって不明であったことから、 A措置権限の発動は、養護者の同意が取れない場合という感覚がおそらく存在したこと、 Bまずは病院受診という方向性であったことなどから、 本件においては、Cは少なくとも受診に協力的であり、施設入所の方向で説得ができそうな状況であったことなどから、コアメンバー会議においては、やむを得ない事由による措置は議論に上らなかった。議論が尽くされた結果、やむを得ない事由による措置にならなかったという結論に至ったのであればともかく、分離にかかる手段の一つとして議論されなかったことは重大な問題である。 キ)医療機関との連携 ・コアメンバー会議において、即日ではないものの、できる限り早急に受診から入院へつなぐという方針が決定された。コアメンバー会議の終了が遅い時間であったため、医療機関への連絡は翌日となった。会議での決定が即日とならかなった以上、当日中に連絡をしなかったことも、当日に病院が何らかの対応を行ったかどうか不明である以上、不適切とまでは言えない。 ・また第4−1.調査結果に記載した通り、三田市または医療機関のいずれの判断によって翌週の入院となったかは不明であるが、少なくとも次の点を指摘するものである。 @職員甲が連絡した医療機関は、市内で唯一の精神科を備え、かつ入院機能を有する病院である。市外に目を向ければ同様の病院は存在するが、日ごろから協力関係にある病院に依頼すること自体は必ずしも不適切ではない。そして、同病院の受診時間を知っていた職員甲としては、会議の方針が「できるだけ早く」というものであったことから、同病院の受診時間外にまで、本件を依頼するような心情ではなかったと思われる。すなわち、日ごろから入院をお願いするケースなどがあり、病院側の多忙な事情もおのずと知っているところであり、時間外受診を無理にお願いすることが憚られたものと思われる。 Aただし、市内には夜間の救急の受け入れが可能な医療機関があったにもかかわらず、精神科病院に限定して検討が進められたことには問題がある。職員甲への聴き取りでは、精神科から処方された薬を服用している者の受診が可能な医療機関は限られていると理解していた。しかし、三田市には三田市民病院をはじめ、医療機関が複数存在している。精神科に関する所見を目的とする場合はともかく、今回のケースの受診はあくまでも健康チェックであり、長年受診していなかったA氏の健康状態の把握や感染症の有無であり、これらについては、精神科に関する所見とは切り離して考えられるべきものであった。実際の運用として、これらの事実(向精神薬の服用の有無)により、一般的な健康チェックを行える場が限定されているならば、障害者差別解消法における「直接差別」(障害を理由とした差別)に抵触する可能性も否定できない。何よりも虐 33ページ 待等の場合の保護のステップとして、医療受診の選択肢が限定されていることは検討されなければならない。 Bさらに言えば、三田市障害福祉課が向精神薬を服用している者の受診が向精神薬を服用している者の受診が特定の医療機関に限られている状況を容認していたこと自体も、障害者差別解消法の趣旨から見て適切な対応であったとは言えない。 ・また、のちに指摘するように、A氏のかかりつけ医Hは、三田市への情報提供を拒否するなど、同医師の対応には、他の点も含めて相当の問題がある。 ク)行政の体制・地域資源との連携 ・A氏の病院受診の日時が決定されたのは、1月18日(金曜日)の昼前後であった。 ・周知のとおり、市役所は土日が休みである。また前記の通り、虐待対応は、職員甲が主に1人で対応しており、メリットとして、スピード感のある事実調査が可能なものの、デメリットして、土日の対応が障害福祉課で完結して行うのが難しくなること、虐待があった家庭から本人を分離・保護するためには、他の職員の援助が必要となる。このような状況も土曜日の受診要請を後退させてしまった要因の一つであると思われる。このような判断をせざるを得ない現状については、三田市における障害福祉課の位置づけや庁内バックアップ体制(担当者が躊躇なく判断することが可能な実質的な(実効性のある)体制をいう。)とともに検討されなければならない。 ・加えて、虐待対応マニュアルでは、警察への協力を求めつつ土日であっても対応を行うことができるといった記載がないなど、緊急時の対応方法が不明確である。 ・なお、虐待認定・分離保護の要否・分離保護の時期・正当性などは、法的に非常に難しい判断が求められるものの、障害福祉課が法的な助言を受けることができるサポート体制は存在しない。行政機関は、法の執行機関である以上、その権限行使の適法性は極めて重要な問題であり、法的な助言を受けることができないがため、権限行使に消極的になり、市民の生命身体などの権利保護が後退させられることはあってはならない。この点は速やかに改善されるべきものである。加えて、仮に弁護士等が会議に参加できる、あるいは事後的にであっても対応を検討する場に居合わせたとすれば、警察への情報提供について少なくとも本件よりは迅速に適切なアドバイスができたと思われる。 ・加えて、初動時から保護に至るまでの判断に本人と家族(養護者支援)の視点が同居していたこと、これらを同一の職員に負わせていたことについては、今一度検討されるべきものである。特に本件のような被虐待者と虐待者との関係が特殊な場合にあって、双方を同時に支援すべきとの判断が行われるのであれば、なおさら被虐待者の分離・保護に携わる職員と、虐待者かつ養護者に対する支援に携わる職員を別に配置するなど、同一人物が関わる際に生じる可能性のある心理的葛藤や双方の支援間の矛盾を回避するための措置が必要であった。 ・次に、地域資源との連携であるが、前述の医療機関については、三田市内で適切な医療受診が可能な機関が1カ所しかなかったこと、措置を含む緊急対応が可能な社会福祉施設の情報が常時備えられていなかったことも、対応の選択肢を狭めた要因となっている。今回のケースでは、家族の面会等も考慮し、自宅から比較的近い場所での障害者支援施設での保護を検討したが、三田市 34ページ 内の施設に空きはほとんどない状況である。しかしながら、措置による緊急一時保護(緊急ショート)については定員外利用として施設が受託することは可能であり、これは市外の施設も同様である。であるからこそ、普段から障害者支援施設の情報をより広範囲で入手し、緊急時の連携についても共通の認識を持っておくことが必要であった。これら連携体制が十分でなかったことも、今回のケース検討における選択肢を実質的に三田市内の普段からつながりがある機関のみを念頭に置いたものに限定し、結果として保護の迅速性を失わせた要因の一つとして捉えることができるものである。 ケ)かかりつけ医の意義 ・本件においては、A氏が転居後、一度も受診することなく、20数年間にわたり、かかりつけ医Hから多種類の薬の処方を受けていたことが明らかとなっている。医学的にそのような対応が適切か否かはさておき、少なくとも、20数年間一度も対面で診療せず、受診したことは、医師法20条との関係でも大いに問題になろう。常識的にも20数年間、一度も患者の様子を確認することなく、適切な処方ができるかどうか大いに疑問を挟むところである。虐待防止法においては、医師には虐待の早期発見について努力義務が存在することから、同医師が本人に面会することが20数年間のうちにあれば、虐待が早期発見されていた可能性は皆無ではない。 ・またかかりつけ医Hは、虐待防止法に基づき、三田市が情報収集の一環として、A氏に関する情報提供を依頼したにも関わらず、それを一方的に拒絶することは極めて不適切な対応である。 コ)警察への情報提供 ・三田市のみならず、介護、障害行政分野において、警察への情報提供、刑事訴訟法上の告発について(同法第239条第2項)について、明確な基準を備えている自治体は多くないものと思われる。 ・また基準の策定についても、全ての予想される犯罪類型を掲げて基準を作ることは困難であり、他方で一般的な基準にとどまれば基準が存在しないのと同様であると言え、一義的に明確な基準を策定するのは容易ではない。さらに証拠の証明力といった評価などは、法曹関係者においてもしばしば評価が分かれるものであり、この点も加味するとなると基準の策定はますます容易ではない。 ・しかし、前記クで述べたように、法的な支援を受ける体制の整備は、著しく困難なものとは言えず、コアメンバー会議開催後、速やかに法的な助言を受けることは可能であった。また基準作成は容易ではないものの、身体的虐待に関連してのみ、生命、身体等の法益に関連して例示列挙するなどして警察への情報提供を行う基準を作成することは、それほど難しいものではないと思われる(もっとも、基準が作成できたとしても、本件のような檻に20数年間閉じ込められている者の存在まで想定したものが可能であったかについては断定はできない。)。 ・また、複数の三田市職員への聴き取りからは、警察への情報提供が議論されたことはなかったとのことであるが、檻を現認してもなおかつこれを監禁罪と思料しなかったことには大きな問題がある。その要因の最大のものが、これまでにも度々取り上げてきた視点・判断基準のブレである。職員乙からは、障害者虐待防止法においては、被虐待者だけでなく養護者の支援も行う必要があること、今回の 35ページ ケースにおいては養護者の協力と同意を得ながら保護が進んできたことから、一連の動きに協力してくれた養護者について、これを警察に情報提供することは想定しなかったという趣旨の発言があったが、養護者の支援と警察への情報提供は峻別されるべきものである。 ・これは措置権の発動にも言える事であるが、警察への情報提供及び措置権の発動は家族の意向や姿勢とは相反するものである。これらを言うことだけをとらえれば、当然にして一方の視点(養護者支援)を満たすことができないことは明白である。 ・しかしながら、仮に警察への情報提供が行われず、結果として20年以上にわたり檻に監禁するという行為が不問に付されたまま収束させることは大きな問題がある。これが家族でない者による監禁であれば、行為者は当然にして警察への情報提供の対象となっていることは他の事例を見るまでもない。この行為者が家族である場合には例外とされる根拠はどこにもない。家族という事情が勘案材料となってしまえば、今回のケースと同様のいまだ発見されていないケースについては、依然として本人不在の対応が容認されかねないこととなる。 ・警察への情報提供と養護者支援は同時に両立するものではなく、その後において極めて高度かつ専門的な対応(関係修復等)が必要であることは十分想定されることから、まずはしかるべき対応をとり、その後において困難かつ時間を要する養護者支援を行っていくという過程を踏むべきであった。この点において、警察への情報提供にかかる三田市の対応は、本人不在でありかつ不適切であった。 2.視点3(過去の対応) 前記第4−2.における調査結果に基づき、次の視点から、三田市の対応及び三田市を含む地域社会資源の対応について検証した。 ・情報伝達の妥当性 ・情報収集の妥当性 ・行政体制の妥当性 ・医療等の地域資源による支援及び連携の妥当性 ・当時(及びそれ以前)の法制度等に起因すると思われる価値観の影響 (1)三田市の対応にかかる検証結果 ア)平成3年から平成6年1月11日までの対応 ・A氏及び家族が三田市に転居してきた後、A氏が18歳を迎えるまでの三田市厚生課(当時)の対応内容については、記録を見る限り不適切とは言えない。児童相談所と連携しながら心理判定を行い、家族の相談等に対し、諸手当の申請を勧めるなど、在宅サービス基盤がほとんどなかった当時においては一般的な対応であると言える。 ・次に、対応の期間においても同様に不適切とまでは言えない。初回面談(来所)から次の面談 36ページ (訪問)まで3年間の期間があるが、当時の慣行として、困難ケースである又は家族からの訴えがない限り、積極的にかつ定期的に訪問・確認を言うという体制にはなかった。また、現在においても、例えば障害支援区分の有効期間が3年となった場合は、行政として何か訴え等がない限りは更新時期となるまで本人面談等を積極的に行うことはなされていない(もっとも、現在では障害福祉サービス従事者等から情報提供を得られるなど、当時とは状況が大きく異なるところである。)。 ・ただし、Cの聴き取りにおいて、若い男女の訪問があったこと、その後も何度か訪ねてきていたとする部分については、事実の存在を明確にできるものはないが、 @架空の事実を創作するメリット(判決における情状酌量の材料等として)が見出しがたいこと、 ACの記憶が比較的鮮明であること 等から、訪問について否定するだけのものがない。一方で、当時の記録及び担当職員への聴き取りからは、訪問し檻を確認したとは言い難い。別の人物あるいは三田市職員以外の者であることも考えられるが、今回の検証では事実の存否について確証を得るには至らなかった。 イ)平成6年1月11日以降の対応 ・A氏が成人期に到達して以降の三田市の対応は、以下の点を指摘せざるを得ない。 ・A氏のケース記録の引継ぎが、ケース会議を開催することなく、書類に押印を行うのみで引継ぎが行われていたことは、それが当時の(三田市以外を含め)一般的な対応であったとしても大きな問題があった。児童期から成人期の到達は三田市提出資料を見ても年間で10件を超えた年はなく(平成3-9年で、最大8件、最小3件)、業務多忙を理由とすることはできない。少なくとも担当者間で対面のうえ、留意点について口頭説明のうえ引継ぎが行われていなければならない。 ・次に、児童期から引き継いだ成人期担当の職員辛のその後の記録が全く存在しないことも大きな問題である。この職員辛が異動時に、次の担当者への適切な引継ぎが行われたことを証明する記録等もなく、職員辛に引き継がれた時点から、A氏及び家族についての情報は途絶し、長い年月の間に三田市行政の支援対象から消滅していったと考えられる。 ・当時の三田市厚生課の体制も、職員辛の動静を適切に管理できていたとは言い難く、いわゆる担当者任せになっていたことも、A氏のケースが放置され忘れ去られた要因の一つである。いわゆる職人芸的な個々のスキルや姿勢に依存し、組織として機能していなかった側面がある。 ・少なくとも、平成6年1月に引継ぎを受けてから、何ら訪問・確認が行われることもないまま、現課のケース記録から過去の書類として扱われたこと、一般的な決裁文書(執行伺い等)と異なり、これらケース記録の保存に対し十分な配慮がなされていなかったことは指摘されるべきものである。 ウ)平成25年8月5日前後の対応 ・平成25年8月2日に親族が三田市障害者生活支援センターに架電し、8月5日に来所した際のセンター職員の対応については、相談相手が親族であり、A氏及び家族の状況を十分に知らない者であったことからも適切な対応であったと言える。 ・三田市障害者生活支援センターの他の例に対する対応から推測して、その後にBまたはCからの 37ページ 電話があれば、当該居宅を訪問し、状況を確認していたであろうことは十分に推測されるものである。この点で、親族から資料を渡され直接電話するように伝達されたにもかかわらず、架電またはセンターを訪問し相談しなかったB及びCの行動に、三田市障害者生活支援センターのその後の対応ができなかった要因を求めることが妥当であると考えられる。 ・しかしながら、同月5日の相談において、三田市障害者生活支援センターから照会を受けた三田市障害福祉課の対応は、丁寧さの点で充分であったとは言えない。照会を受けた時点では、その内容から、A氏の存否及び障害程度区分の情報確認に限定したものであったとはいえ、過去のケース記録を確認するなどにより、障害福祉サービス未利用の状況下で施設入所意向があるものとして、市として訪問なり電話で確認することは不可能ではなかった。 ・この点で、上記イ)でケース記録が成人期以降に消失していることの影響は少なくないと言わざるを得ない。繰り返すが、一般的な事務文書と異なり、ケース記録は支援の必要が将来にわたり必要がないと断定されない限り、半永久的に現課において引き継がれておくべきものである。 ・当時の担当者の姿勢及び当時の体制等によって途絶したケース記録が、空白であったにせよ現課に保管され、電子化されていたならば、照会において過去の相談記録の確認と、空白後の施設入所意向の把握に基づき、市として少なくとも確認は可能であったと思われる。 ・なお、親族の来所後の対応については何ら記録に残ってはいないが、三田市障害者生活支援センターとしても、親族が相談に来たという記録が終結しないままであることに対し障害福祉課に確認をする、または障害福祉課としても、例え親族からの問い合わせであったとしても入所にかかる相談であることの重さを考え、その後の家族の動向を三田市障害者生活支援センターに確認をする、あるいは直接A氏の自宅に架電や訪問による確認を行うなどの対応は必要であった。この点では、三田市障害者生活支援センター及び三田市障害福祉課の双方に丁寧さが欠けていたと考えられる。 (2)医療機関の対応にかかる検証結果 ア)平成24年10月から平成30年1月までの対応 ・障害者虐待防止法においては、医師には虐待の早期発見について努力義務が存在することから、かかりつけ医HがA氏に対面することが平成3年から26年の間、少なくとも法の全面施行(平成24年10月)後の5年余りのうちに一度でもあれば、本件にかかる状況が早期発見されていた可能性は高かったと言える。(前記1.-(8)-ケ)再掲) イ)平成3年6月から平成30年1月までの対応 ・本件においては、A氏が転居後、一度も受診することなく、26年間にわたり、かかりつけ医Hから多種類の薬の処方を受けていたことが明らかとなっている。医学的にそのような対応が適切か否かはさておき、少なくとも、20数年間一度も対面で診療せず向精神薬等を処方し続けたことは、医師法20条との関係でも大いに問題である。また、常識的にも26年間、一度も患者の様子を確認することなく、適切な処方ができるかどうか大いに疑問を挟むところである。(前記1.-(8)-ケ)再掲) 38ページ ・全体を通して、三田市転居後のA氏及び家族に対しては、行政以上に当該医療機関に接点があった。またその機会は、正常な状態でないことを認知しうる状況にあったと言える。 ・家族の弁によると、A氏を連れてはいけないとのことであったが、2008年度以降はA氏の心身状況及び家族の受診介助にかかる困難さを支援するものとして、障害者自立支援法の居宅介護の中に通院介助が認められているところであり、当該サービスの利用を家族に助言するか、三田市に当該サービスを利用するための支給申請に係る情報提供を行うことで通院につなげるか、たとえ頻回でなくとも往診を行うか、往診が困難であれば三田市内の医療機関への変更を助言すべき責務がかかりつけ医Hにはあったと断ずるものである。 (3)法制度及びこれらに起因する価値観等について 上記(1)(2)の要因としては、個人に起因する因子も一定存在すると思われるが、より本質的なものとして、これら個人の考え・行動に、当時の法制度や価値観が与えた影響は少なくないと思われる。 戦後のわが国における知的障害児(者)支援の公的支援は、児童福祉法における知的障害児支援にはじまり、1960年の精神薄弱者福祉法(現知的障害者福祉法)により、生涯にわたる法整備が行われたが、それ以前は(貧困対策を除き)固有の法は存在せず、精神障害者と一括りにされることが少なくなかったと言える。その精神障害者についても、これを福祉の対象とする法整備が行われたのは1995年であり、それまでは障害者ではなく病人として扱われてきた状況がある。特に精神障害者は、戦前から私宅監置が法で認められてきた経緯があり、これが廃止されたのは1950年のことである。 上記の変遷を含め、療育手帳制度や就学の義務化等を含め整理すると以下のとおりとなる。 今回のケースの家族のような高齢者にあっては、価値観形成に最も大事な成人を迎える前の時期に知的障害者関連の法整備がなされたばかりであり、また、私宅監置の廃止が法制度上で位置付けられたとしても、当時の精神病床数37,849(1954年)は、ピーク時361,714(1995年)の約10分の1であり、障害者が入所可能な施設の入所者数は、身体・知的を合わせても1965年時点で10,938人(病床数は「患者調査」、入所者数は「社会福祉施設等調査」(厚生労働省)による。)であるなど、精神科病院への入院や社会福祉施設への入所が滞りなく可能となるような基盤が整えられていたわけではなく、結果として座敷牢の存在が速やかに解消したわけではない。まして国民や地域としての古い価値観や慣行が、私宅監置の廃止という法改正によって直ちに変わったとは言い難く、その後も相当期間にわたり温存 39ページ されたであろうことは容易に推測される。 現に1950年代の厚生白書(現厚生労働白書)においても、 「精神衛生対策の一環として、(略)国民資質の向上という見地から、一定の精神障害を有する者については、優生保護法による優生手術の実施により、不良な子孫の出生の防止が図られている。」(1956年厚生白書、なおここでいう精神障害を有する者とは知的障害者を指す。) と記されるなど、今日からみれば極めて問題のある表現であった。しかしながら、厚生白書は官僚の私見で記述されるものではなく、国民一般の考え方や価値観に反する表現は困難であることを考えると、“社会全体”つまり我々一人ひとりの常識として、このような考え・価値観が容認される社会であったと考えられる。 以上の時代背景の中、あらためて家族が三田市に転居してきた当時(1991年)を考えてみると、前時代的な価値観からは脱却していないことは容易に推測できる。市職員への聴き取りでも、「座敷牢という話しはよく聞いた」として、日常会話の中で交わされる話題であったり、「閉じ込めている」という記録が普通に行われていたりすること、これに対し何ら対応がなされた形跡がないことを考えると、 ・今の価値観や法制度で過去の放置行為を律することは適切でないものの、 ・当時の価値観・社会全体が障害者を排除していたという事実を社会全体として受け止めるべき であると思わざるを得ない。「仕方がない、仕方がなかった」として看過されるべき問題ではない。さらに言えば、中高年齢の者を中心として、今回のケースと同様の状態にある者、もしくは檻のような極端なケースではないものの、一部屋に閉じ込められている、又は家から外出させてもらえないなどの、いわゆる「見えない檻」が設けられている状況にある者は、全国全ての自治体に例外なく存在すること、これらの者に対しては依然として行政・社会による放置が続いていることを強く訴えるものである。 40ページ 第6 提言 前章における検証結果から解決を目指すべき課題を整理すると以下のとおりとなる。 @本人主体・本人支援という視点の欠如及び権利擁護・支援体制の不備 ・障害者基本法の本旨に即し、本人主体の視点を今一度確認すべきである。特に虐待または虐待が疑われる家庭への対応にあたって、本人と家族のいずれを優先すべきかについて、少なくとも障害福祉課においては、本人の権利擁護・支援に最優先で取り組むという視点が欠如している。 ・また、三田市においては虐待ケースに係る成年後見制度の体制、特に市長申し立て及び市民後見にかかる体制が十分に機能しているとは言い難い状況にある。 A制度運用にかかる基準の逸脱および基準の不在 ・三田市障害者虐待対応マニュアルに即した運用を今一度確認すべきである。また、当該マニュアルでは依然として判断に大きな裁量の余地が残されているとともに、緊急時の対応について脆弱な部分がある。 B地域資源との連携・情報共有等の欠落 ・今回のケース対応においては、保護に際しての選択の幅の狭さも要因の一つと考えられる。市内の医療機関や社会福祉施設だけでなく、緊急保護の場合に取りうる選択肢を拡げておく必要がある。 ・また、経済的虐待等を除き、虐待を受けている者の健康状態・受診状況の常態から考えて、緊急保護に際して健康チェックが必須である場合が多いことは容易に想定される一方で、緊急保護の受け入れ先として期待される障害者支援施設の側に立てば、長年にわたり受診したことのない者を受け入れることは相当のリスクを強いることとなる。受診から緊急保護による入所を円滑に行っていくた めにも、医療機関との連携体制の確立は喫緊の課題である。 ・加えて、医療機関は虐待の早期発見先としても期待されることをふまえ、これらの者との連携・情報共有体制の確立が必要となる。 C過去の負の遺産の放置 ・当時としては不適切な運用ではないものの、現在の法制度及びこれに基づく運用に照らせば疑義が生じるであろうケースが放置されたままであることが想定される。 ・加えて、今回のケースにおいては児童期から成人期への引継ぎにおいて問題があったことが長期間にわたり支援の手が届かなかった要因の一つであり、行政内部での情報共有や連携についても精査する必要がある。 ・今一度ケース記録を再確認するとともに、隠れた・隠された障害者や障害福祉サービス未利用者が置かれた状況(支援が家族の負担のみにおいて行われたり、地域内で孤立していたりなどの場合が少なからずあると推定される。)を今一度確認し、これらの者の確認及びヘルプサインを見逃すことのない体制づくりが必要である。 これらの諸課題に対し、三田市行政に対して、以下の3点を提言するものである。なお、これらの提言は、本委員会が報告書を作成しその役割を終えた後に組織される「(仮)虐待の早期発見・障害者の 41ページ 権利擁護のあり方検討委員会」での議論において、本報告書がより柔軟に活用されることを想定し、個別に詳細かつ具体的な方法にまで立ち入ることは避け、あくまでも大枠化した提言にとどめていることに留意されたい。 1.初動期及び対応期における行政対応のあり方の検討 (1)本人主体・本人中心支援優先の徹底 ・障害者支援に係る相談にあっては、家族ではなくあくまでも本人を主体としたものとなるよう、マニュアルを含め抜本的に見直すことが求められる。 ・とりわけ、養護者による虐待ケースにあっては、まずは被虐待者本人の身の安全を確保し、安心した生活ができる環境を整えることが最重要の課題であり、養護者(家族)の負担軽減及び支援は、本人の安全の確保等とは別に考えるべきものであることを明示しておくことが必要である。 ・なお、この視点は本項だけにとどまるものではなく、以下の全てにおいて共通の視点であることは言うまでもない。 (2)緊急時対応体制の確立 ・三田市障害者虐待対応マニュアルに即した対応を徹底することが必要である。また、コアメンバー会議に行政外メンバーの専門職(基幹相談支援センター職員等)が参画することは、専門性の担保とともに、より多角的な視点にも資するものである。なお、マニュアルについては、以下の点を含め今一度精査する必要があるが、その際にはこれら行政外メンバーをはじめ、虐待対応に関係する機関が見直しの過程全般に参画したうえで行われることが必要である。 ・コアメンバー会議における分離の時期に関する判断要素、基準を設けること(「できるだけ早く」といった解釈に幅のある基準ではなく、24時間以内や48時間以内といった数値による基準設定など)が必要であり、マニュアルの見直しが必要である。 ・即時に分離保護する必要性がある場合に備え、土日の勤務体制や日ごろの人員体制も含め、人員の問題が分離の時期を判断する障壁とならないように体制を再検討することが求められる。 ・受け入れ側の障害者支援施設のリスク(感染症など)に配慮し、健康チェックのための協力医療機関の確保とともに、障害保健福祉圏域ないし県全域にわたり協力可能な障害者支援施設を把握しておくことが必要である。なお、このことについては、兵庫県及び障害者支援施設の協会(兵庫県知的障害者施設協会等)や医師会等との協議が必要となるため、これらの機関・団体との協議(広域的な協議を含む。)が速やかに行われることが望まれる。 ・緊急保護先について、障害者支援施設や障害福祉サービス事業所以外についても射程に置いた検討が必要である。特に高齢障害者の虐待については、障害者虐待防止法・高齢者虐待防止法の双方の対象ともなり得るため、障害・高齢双方の担当課相互の連携を図るとともに、養護老人ホームへの措置入所を含め、柔軟な対応を心掛けることが必要である。特に養護老人ホームに 42ページ ついては、従来から知的障害者や精神障害者を支援しておりノウハウの蓄積があるなど、有効な緊急保護先となり得る事を認識しておく必要がある。 ・やむを得ない事由による措置について、虐待ケースに対しては積極的に行使していくことが必要であり、これを担保する財源及び根拠(要綱)の確保・整備が求められる。 ・保護にあたり、分離時期の判断及び告訴を行うか否か等について、弁護士等による法的助言を容易かつ迅速に受ける体制を構築することが求められる。 (3)権利擁護・支援体制の確立 ・虐待事案が発生した場合、安全の確保と安心した生活ができる環境を確保することが必要となるが、中長期的な生活課題を改善するためには、本人の生活を支援する体制の構築が不可欠である。このため、成年後見、日常生活自立支援事業その他様々な生活を支援するための枠組みを有機的に連携させ、実効性をもたせるための取組が不可欠である。 ・被虐待者の権利擁護のため、市長申し立て及び市民後見にかかる運用基準を確立し、確実に履行することが必要である。虐待ケースにおいては、基本的に全て市長申し立てを前提とすることを一義的に考え、そのための人員確保や予算措置が行われるよう所要の整備が求められる。三田市では当該業務を三田市社会福祉協議会に委託しているが、委託先の機関が十分にその責を果たすための人員を抱えることができる予算措置が行われなければならない。加えて、権利擁護は行政機関との連携があってはじめて有効に機能するものであり、外部機関に丸投げすることなく、行政として的確に指導・助言できる体制が整備されなければならない。 ・さらには、成年後見制度と並行して、その前提となる意思決定支援のあり方を徹底することが必要である。成年後見は基本的に本人を代理することが主となる仕組みであるが、「意思決定支援の基本的原則」(2005年意思能力法(Mental Capacity Act 2005),イギリス)に照らし、また、「障害福祉サービス等の提供に係る意思決定支援ガイドライン」(平成29年3月31日障発0331第15号,厚生労働省社会・援護局障害保険福祉部長通知)さらには「認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定支援ガイドライン」(平成30年6月22日老発0622第1号,厚生労働省老健局長通知)に即し、本人の意思確認が軽視されることのないよう、配慮していくことが必要である。 2.職員及び関係機関従事者の資質向上・市民の意識啓発のための取り組みの推進 虐待防止については、行政職員だけではなく、関係機関の従事者や広く市民までを対象とした取り組みが定期的かつ継続的に行われることが必要となる。ただし、虐待防止のみを目的とした研修や意識啓発の取り組みだけでは、より根本的な問題の解消や、行政職員・関係機関従事者・市民それぞれの立場を超えた共通理解を得ることは困難であると思われる。 行関係機関従事者・市民それぞれの立場に応じた取り組みを推進していくと同時に、立場の違いを超えた共通の視点を提供し、理解を深めるための取り組みが必要である。この場合の共通の視点 43ページ とは、共生社会の実現に向け、誰もが等しくかけがえのない個人であることに気づくことを基本とし、この前提に立って、以下のポイントを押さえた資質向上。意識啓発の取り組みが行われることが望ましい。 具体的な気づきのポイントを整理すると以下のとおりとなる。 (1)?(3)に係る共通の視点(取り組みの推進時におけるポイント) ・「障害者も市民として大切にされる権利がある」ことに気づく。 ・「私たちの身近にも、障害のある人が暮らしている」ことに気づく。 ・「障害者虐待防止法の観点から、障害者やその家族の変化が見られる」ことに気づく。 ・「依然として社会生活から排除され、社会参加が制約されている障害者がいる」ことに気づく。 ・「保護の客体から生活の主体へと変化してきている」ことに気づく。 (1)職員研修の定期的かつ継続的な実施 ・本報告書の検証部分及び提言部分については、障害福祉課のみならず、庁内及び出先機関のうち、窓口対応等の可能性のある部署の職員を対象とした研修を定期的かつ継続的に実施することが必要である。その際には、単に虐待防止の方法論に留まることなく上記1.-(1)に掲げる本人主体を基本視点とし、また人権の視点が浸透するような研修体制を検討していくことが必要である。 (2)関係機関従事者に対する研修の定期的かつ継続的な実施 ・資質向上が求められるのは行政職員だけではない。相談支援専門員や障害福祉サービス従事者に対する研修会・検討会を定期的かつ継続的な開催も、将来に向けた有効な手立てとなる。 ・虐待防止に関しては、気づきが大事であり、事例検討や虐待防止マニュアルにある様式を活用した疑似体験を盛り込んだ、実際の対応に即した効果的な研修の実施と、その際にしっかりとしたスーパーヴィジョンが行われるよう、指導者が配置された研修が実施されることが望ましい。 ・本章冒頭に掲げる方向性から具体的な中身にまで立ち入ることは避けるが、上記と同様に本人主体を基本視点とすること、人権の視点が浸透する内容とすることは、行政職員との視点の共有や連携体制の確立といった点において重要となる。 (3)市民の意識啓発の取り組みの実施 ・奇しくも本ケースにかかる判決文にあった、社会の責任については、重く受け止められなければならない。本ケースは行政職員だけが関係者ではなく、地域住民を含む社会全体も同様であり、一人として部外者はいないという認識に立つことが必要である。 ・積極的な虐待だけでなく、無関心を含めた社会的な排除も人権侵害にあたるという意識が根付くこと、行政機関や障害福祉サービス従事者等の関わりや気づきだけでは限界があり、同じ地域で生活する住民の気づきが虐待の早期発見につながること、これら住民の思いやりが地域での共生を可能とならしめること等を見据え、市民に対する障害者及びその家族の置かれた状況の理解、人権意識の啓発に係る取り組みを定期的かつ継続的に行うことが求められる。 44ページ ・また、虐待防止のみを目的とした意識啓発ではなく、より根本的な問題として、障害の有無にかかわらず同じ市民であるという意識の浸透を図ることがより効果的である。この意識が浸透することで、「障害があるから仕方がない」といった感覚でなく、同じ市民として虐待の徴候等に早期に気づくなどの効果が期待されるとともに、真の共生社会の実現にも資することとなる。 3.虐待の早期発見・障害者の権利擁護のあり方の検討 (1)(仮)虐待の早期発見・障害者の権利擁護のあり方検討委員会の設置 ・本ケースは、監禁という状態から想定される一般的な認識からすれば(身体の状況は比較的良好であるなど)特異な状況にあった。同時に、虐待防止法上の虐待とは直ぐに分かりづらい、認知されていない虐待の一つとして位置するものと考えられる。家族が出かける際に障害者を閉じ込めたり、家族が抱え込んでしまい外出や社会参加の機会が制限されているケースも権利侵害であり、これらは全国に広く存在すると思われる。 ・このような「隠れた」「隠された」ケースを含め、虐待・権利侵害の早期発見に資するため、また何よりも障害者の人権を適切に擁護していくためには、行政内部のみの検討では限界があるばかりか本人不在の検討となる。 ・何よりも、虐待については、行政対応だけでなく社会全体で考えるべき点を考慮すると、広い分野からの主体的参加による「(仮)虐待の早期発見・障害者の権利擁護のあり方検討委員会」の設置は当然の帰結となる。 ・具体的な検討を制約しかねないため、本報告書では当該検討会における検討項目の詳細を記載することは控えるが、少なくとも次の視点を包括したものとすることが望ましい。 @「主体は本人にあるということ」 ここでいう本人には当然にして家族は含まない。少なくとも障害者基本法に規定する障害種別の全ての当事者自身が参画した検討会とすること、会の運営はこれら当事者が主となって行われるべきこと。 A「広い意味の虐待を対象とすること」 虐待防止法に規定する虐待だけでなく、人権の視点から広くとらえた検討が行われるべきこと。 B「虐待は犯罪になり得ること」 虐待は犯罪になり得ることを認識したうえで検討が行われるべきこと。 45ページ (2)庁内組織を横断した情報共有体制等の検討とガバナンスの強化 ・今回のケースでは、平成6年に児童担当から成人担当に引き継がれた際の対応及びその後のフォローに大きな問題があり、また、これをチェックする体制がなかったことが、その後20年以上にわたり、三田市行政の支援対象から外れてしまった最大の要因と考えられる。 ・担当課が複数にわたるケース(子どもに対する支援と障害児に対する支援、障害者に対する支援と高齢者に対する支援など)はもとより、年齢到達などにより異なる部署に引き継がれる場合には、担当者の裁量に左右されることなく、しっかりとした手順に従い、それまでの情報が確実に共有または引き継がれていくこと(ケース会議の徹底など)、これをチェックし、適宜フォローできる体制を構築するなど、庁内を横断する情報共有・継承体制の検討とガバナンスの強化が必要である。 (3)早期発見のための取り組み及び養護者支援策の検討 ・前述の早期発見には市民からの情報提供等と同等以上に、行政情報の積極的活用が効果的であるが、現在の諸手続きを俯瞰すると、早期発見の機会を見過ごしていると思わざるを得ない。 ・今回のケースでは、障害基礎年金を受給し、療育手帳も所持をしていたが、障害福祉サービスや自立支援医療は利用しておらず、また、家族会に参加することもなく今日に至っている。このような場合には、本人や家族の側からヘルプサインを発しない限り、行政が積極的に動く体制とはなっておらず、また、制度の情報等が伝わりにくいという課題を抱えていることも少なくはない。Cへの聴き取り結果からも、今回のケースにおいて、家族の有する情報や障害福祉サービスに対する認識は20数年前のものから何ら変わっていないことをうかがわせるものであった。長期的に見れば、障害福祉サービス等の利用や家族会への参加、社会参加・交流事業を活用している家庭と今回のケースでは、情報及び認識の質・量ともに大きな差が生じていたものと考えられる。 ・障害基礎年金または障害厚生年金受給者や手帳所持者で障害福祉サービス(または介護保険サービス)未利用者については、障害福祉課の保有する情報(障害福祉サービス等の利用の有無)の活用が可能となるよう、本人同意を含め検討したうえで、定期的(少なくとも3年に1回)に現認していくとともに、現認時のヘルプサインを的確に関係機関で共有することができる仕組みを検討することが望ましい。 ・これらの体制整備については、その量的な問題からも行政職員だけで対応することは困難と思われるが、現在では相談支援専門員(障害)や介護支援専門員(介護)を含め、外部資源がかつてとは比較にならないほど整備されている。これらの専門職を積極的に活用(業務を嘱託することで個人情報の諸課題をクリアする等の検討は必要)することで、隠れた・隠された虐待ケースや、家族の支援が限界を迎えているケースの早期発見に努めることが求められる。 ・しかしながら、これらの体制構築はあくまでも“虐待ありき”に対する早期発見のための取り組みであり、いかに現認体制を構築しようとも、本質的には受け身としてのものである。 ・より望ましい解消法としては、積極的に虐待を未然に防止するための施策展開が上記と並行して展開されることが大事であることは言うまでもない。この施策の一つが社会参加・交流事業である。昨今の財政状況を反映して、少なからずの自治体ではこれらの事業が縮小・廃止の傾向にあるが、こ 46ページ の流れは、本人・家族をして再び閉塞的な環境へと引き戻らざるを得ないこととなる。これに社会の無理解と家族の高齢化が重なったとき、いかなる事態にあるかを考えると、社会参加・交流事業の持つ意味は大きなものがあり、三田市においても再検討されるべきであると思われる。 ・また、養護者支援策については、法制面の整備とともに具体的な方策が検討されるべきである。障害者虐待防止法の正式名称は「障害者虐待の防止、障害者の養護者に対する支援等に関する法律」であるが、後段の養護者支援については同法第4条・第5条の総則規定のほかは、第14条に僅かに見える程度であり(虐待防止センター・権利擁護センターに係る規定を除く。)、具体的な方策を講じるための道筋が明確ではない。障害者を養護する者の疲労が限界を迎えたり、養護者の高齢化に対する方策について、喫緊の検討と施策化が必要である。 (付帯意見) ・より抜本的な対策として、「(仮)養護者支援法」の制定を国に求めるべきとの意見があった。現在の児童虐待防止法・障害者虐待防止法・高齢者虐待防止法のいずれもが養護者支援を掲げてはいるものの、いずれもが具体的な方策が見えないばかりか、養護者が複数の領域(児童と高齢のダブルケア等)に直面している場合もある。 ・一部のレスパイトケアを除き、福祉サービスや介護サービスは基本的に本人支援であるが、サービス利用時以外の家族の心身の負担は相当なものとなる場合がある。領域を横断した養護者を包括的に支援するための法整備について検討されるべきとの要望を盛り込むべきとの意見があったとともに、法整備がなされるまでの間、基礎自治体において条例を制定し、適切な支援を展開すべきとの意見があったことを付記するものである。 47ページ むすびにかえて(各委員より) 今回の検証に関わった委員より、三田市の今後に対する期待を以下のとおり表明することで、本報告書のむすびとする(委員氏名アイウエオ順)。 【崎濱 昭彦】 今回の事案は、三田市に限ったことではなく、県内どこでも起こりえる事案です。 県としても、障害者の方に地域で安心して暮らしていただくためには、行政と地域が連携し、障害者、とりわけ重度障害をお持ちの方の状況を適切に把握し、必要な支援に適時適切につないでいく仕組みの構築が急務であると考えています。 三田市におかれては、本報告書における提言も参考にされ、障害者の虐待防止、見守りシステムの構築に先導的に取り組んでいただくことを期待します。 【田島 啓子】 今回、この検証に関わらせて頂くことで、私自身もたくさんの気づきがあり、虐待はもとより権利侵害へのアンテナを張り巡らせることの大切さを改めて強く感じています。 通報当初、事実確認に携わった関係者は目視した本人が被虐待者とは思い難い良い状態(外観のみ)で暮らしていたことにより判断のブレが生じたのでは、と思われます。しかしながら、日々の虐待対応を行うなかでは、虐待を受けながらも、身体状況が思いのほか良好な被虐待者は決して少なくありません。にもかかわらず本人を目視した関係者になぜ判断のブレが生じ、迅速な保護に至らなかったのか、について考えてみました。虐待対応の経験の少なさに加え、被虐待者というワードへの先入観や固定観念が大きく影響しているのではないでしょうか。先入観や外観に惑わされることのこわさがあると今回のケースを検証する中、痛感しています。虐待と言う、あってはならない権利侵害から市民を護るためには、養護者の姿勢や考え方、思いに振り回されることなく、起きている事実のみを冷静に観察し、客観的に判断することが何より重要であることを再認識した次第です。 一方、檻を作るに至った理由に、近隣からのクレームが上げられています。当時の社会情勢に鑑みるとやむを得なかった、と言う考えが間違っているとは言い難いかもしれません。しかし一方で、障害者差別解消法施行から2年半が経過するにも関わらず、まだまだ障害者への差別的言動が、全国的にもとても多くみられる事実があるのは否めません。市民への障害者理解を深める啓発が急務と思われます。市が主体的かつ意欲的に啓発活動を行い、共生社会の実現に向け、積極的な施策を講じて頂くことが重要と思うところです。 48ページ 【田中 究】 本事案は三田市における特殊な限定された一事案ではなく、わが国において障害をもつひとが人としてどのように扱われてきたか、来なかったかという歴史を検証することでもありました。障害を持つ人々を差別してはいけない、虐待してはいけないということは法律があるからだけではなく、人としての倫理が働き、ほとんどの人たちは肯定するでしょう。今回、差別や虐待の意図を持って現状を維持した人はいませんでした。しかし、障がいをもつ人がその状態にあることを「しかたがない」と追認し維持してしまうことは、明確に差別であり虐待であることを示しました。こうした「しかたない」とされている事案はおそらくわが国に少なくないと考えていま す。本事案で監禁されたご本人、ご家族は周囲と全く途絶し孤立した状態にあったわけではありません。受診はないものの医療機関からの処方は受けていました。ご家族は周りに相談をしていなかったわけではありませんでした。しかし、ご本人の置かれている状況を想像、推測することが行われておらず、ご家族の相談を窮状を発信するSOSとして酌み取ることができ ていませんでした。 即ち、本事案には三田市および関連福祉事業所の職員対応、ご家族の対応など複雑な要素の正否が組み合わさっているように見えますが、実は障がいをもつ人たちその家族の状況を周りが理解し、汲み取り、誠実に対応したかどうかが問われていると考えます。意思 表示に困難をもつ人の困難に、誠実にどのように向き合うか、障がいが障害であるのは、その人の属性ではなく、周りの社会、環境との関係であることを深く認識することが必要です。相模原における障がい者施設の殺傷事件後の議論では加害者同様の心性が、私どもに内在していることが問われました。バリアフリー、インクルージョンなどさまざまな言葉が飛び交いますが、そうしたスローガン以上にその人の困難を思いやり、寄り添える仕組みを作り、それを社会的、行政的な枠組みに位置付けるかが問われていると考えます。 【谷口 泰司】 まずはじめに、本委員会の全ての委員に厚くお礼を申し上げます。検証の各場面において、委員の皆さまが積極的な姿勢で取り組まれたからこそ、本報告書は単なる指摘だけにとどまらない、血の通ったものになったと思います。 次に、我々検証委員会に対し、三田市が示した姿勢について心よりお礼申し上げます。案件の概要から、相当の指摘がなされることが想定されたにも関わらず、検証の全過程を通じて不当な干渉は一切なく、最後まで我々委員会の意思を尊重していただいたことは相当に覚悟のいることであったと思います。これは三田市が今回の案件及び行政としての向き合い方をいかに真剣にとらえているかの裏返しであると思います。 三田市はかねてより人権意識の啓発に積極的に取り組み、その成果についても大いに評価されてきました。にもかかわらず、このような事態が生じてしまいました。これまで熱心に取り 49ページ 組まれてきた方々にとっては忸怩たる想いが去来していることは想像に難くありません。 しかしながら、今回の案件によってこれまでの取り組みが否定されるものではなく、まして、無力感に苛まれる必要は全くありません。うつむき沈黙するのではなく、顔を上げて未来の共生社会の実現に向い、行政・関係機関・地域住民がこれまで以上に話し合いを重ね、相互の信頼を築き上げていく機会ととらえてほしいと切に願うものです。 近い将来、全ての問題が解決し、ご本人とご家族が笑顔で語り合い、地域の暖かい眼差しと思いやりに包まれてそれぞれの人生を自分らしく過ごしている、そのような三田市の光景が現実のものになることを願ってやみません。 【玉木 幸則】 まず、この検証委員会に関わらせていただいたことに感謝いたします。この事件の重大性やそれに関わる訴訟の経緯などについて、マスコミ報道などから得る情報では、正しい情報が伝わってこなかったり、もしかしたら本人不在で事件を解決しようとしているのではという疑問を、払拭できずにいたからです。また、今回の事件は、本当に三田市で起きた特殊なものではないということも感じていたのです。 その状況の中で、検証を重ねていく中で、事実として明らかになったこと、また明らかにならなかったことなどで整理できたことは、とても重要であるということでした。それは、やはり最初に抱いていた、三田市で起きた特殊な事件ではないものであるということも私の中では、整理することができました。 そして、今回の検証委員会に関わらせていただく課程で、被害に遭われたご本人もお会いすることができました。非常に穏やかで、血色もよく、20数年間も監禁状態に置かれてきた方とは思うことができませんでした。たしかに、家族にとってご本人のお世話をされることが負担であったのかもしれませんが、だからといって、監禁という行為は、著しい違法行為です。 この検証委員会で、訴訟の経緯について検証すべき内容ではないと十分承知しています。よって、私の所感に過ぎませんが、訴訟の過程において、司法は、本人を法廷の場に呼ぶこともなく、最重度(意思判断能力がない)と判断し、被告である父親の量刑を決定し たことについては、憤りを感じるほかありません。 2006年に国連で障害者権利条約が採択されました。その時のスローガンは、「私たちのことは、私たちを抜きに決めるな!」というものでした。2014年には、我が国もこの条約を批准しています。その状況下の中で、この訴訟の過程には問題はなかったのでしょうか。 現在、ご本人は、施設入所という形で、保護されています。しかし、失われた20数年間の社会生活を取り戻していくためにも、重度であるから入所施設支援という思考から脱却していくことが大切です。その上で、これから三田市は、虐待状態からの保護から地域生活移行支援へと舵を切り直して、ご本人さんに寄り添いながら、豊かな社会生活が送れるよう支 50ページ 援をしていっていただきたいです。これがソーシャルインクルージョンにつながっていくと思っています。 私の仕事は、相談支援業務です。その仕事の中でも、小さなSOSに気づけているのだろうか、そのSOSに気づけたとしても、危機介入の権限を持っている行政と連携を取れているのであろうかということ。また、生活に課題を抱える過程を取り巻く市民が、正しく障害のある人のことを理解しているかということを考えると、わがまちも、このような状況に分かれている家庭が置き去りになっているのではないかという不安を抱かざるを得ません。そう、やはり他人事ではないのです。そういう視点で、この報告書を読んでいただき、こういう事件が早く発見される。または起きないための支援体制の再構築や真の共生社会を作っていくために、これから我々は何をしていかなければならないのかということを一緒に考えていけたらと思っています。 【蓬莱 和裕】 「仕方がない」という言葉があります。「不満足ではあるがあきらめるよりほかない」「どうしようもない」という意味です。今回我々が検証してきた、三田市における監禁事件の発端には、「仕方がない」という考え方があったのではないでしょうか。監禁を行った家族にすれば、どうしようもない状況だったのでしょう。支援者においては、監禁という状況を見て、決して看過されるものではないという思いであったことは間違いありません。しかし、本人を取り巻く環境等を詳らかにする過程において「仕方がない」という考え方に至ったことも事実です。 家族や支援者が、監禁という非人道的な行為を「仕方がない」とした背景には、さまざまな場面において「障害者だから仕方がない」とする常態化した社会があるからでしょう。家族、支援者、社会から「仕方がない」とされた当事者は、まさに「あきらめるよりほかになかった」のです。ただし、あきらめさせられた20数年間の時は戻りません。このことを我々すべての者が忘れてはなりません。 【三好 登志行】 「すべての人間は、生れながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である。」フランス人権宣言の第1条の一部です。 これらは、我が国の憲法においても、当然保障されているものです。本件において、本人の自由や尊厳が長年にわたり、蹂躙されてきたことは明白です。普段の仕事、生活においては、憲法が守ろうとしている普遍的な価値に思いを寄せることは皆無ですが、本件の検証にあたっては、自由や尊厳、平等といった言葉の意味や重みについて、深く考えさせられるものでした。 本件に対処した職員個人はいずれも真面目に取り組んでおり、怠慢な態度で取り組んではいるものではありません。しかし、報告書内で指摘したように、支援の視座が本人から家 51ページ 族に向いてしまい、本人の自由、尊厳に対する感覚が乏しかったことは否定できません。 また20数年間にわたり自宅内に本人が発見されることなく監禁状態が続いてきたということは、単にその行為の当事者を非難するだけでは不十分です。何故そのような事態に陥ってしまったのか、我々社会の1人1人の常識や感覚が誤ったものではないかについて、今一度、再検討することが求められています。 本報告書が1つの事案に対する検証にとどまることなく、三田市、延いては、我が国における障害者に対する支援に関わる全ての者、そして全国民に、個人の自由や尊厳の意味を真に問う契機とならんことを切に願うものです。