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ホーム > 観光・訪問されるみなさまへ > 観光・歴史・文化 > 観光モデルコース > 歴史を探る > 白洲次郎のルーツと川本幸民を訪ねて

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白洲次郎のルーツと川本幸民を訪ねて

  歴史文化の薫り深い三田の中で、最もオーソドックスなコースです。

  徒歩約3時間の行程には、三田藩主九鬼家の菩提寺で白洲次郎・正子夫妻も眠る心月院や擬洋風建築の旧九鬼家住宅など見どころ満載です。

JR・神戸電鉄三田駅~車瀬橋~旧九鬼家住宅資料館・ふるさと学習館~元良勇次郎顕彰碑・川本幸民顕彰碑・三田城跡(三田藩陣屋跡)~白洲退蔵出生地~心月院・白洲家墓地~三田市歴史資料収蔵センター~川本幸民出生地~小寺公園~西方寺~正覚寺~妙三寺~JR・神戸電鉄三田駅

旧九鬼家住宅資料館

  明治時代初期に建てられた旧九鬼家住宅は、全国でも数少ない洋風と和風が混在した擬洋風建築で、兵庫県有形文化財に指定されています。江戸時代に家老職を務めた九鬼家の住宅として建てられた建物の設計は当主であった九鬼隆範が行い、設計図も残っています。また、隆範は鉄道技師でもあったため、鉄道の図面など歴史的に貴重な資料もあります。

三田城跡(三田藩陣屋跡)

  現在の県立有馬高等学校と市立三田小学校に位置する三田城は16世紀以降、伊丹城主荒木村重の家臣・荒木平太夫などの居城でした。1633年に九鬼氏が鳥羽(三重県)から移り、現在の三田小学校を陣屋としました。

心月院

  鳥羽(三重県)より移封された藩主九鬼久隆は、以前からあった梅林寺を増築し、寺名を天翁山心月院としました。そして、鳥羽の菩提寺・常安寺四世の覚雄是的和尚を迎えて開山、九鬼家の菩提寺としました。寛文5年(1665年)には山号を改め、清涼山としました。

  本堂は開け放たれており、白洲次郎に関連する資料なども展示されています。

  心月院には三田藩初代藩主九鬼久隆の父、守隆から第13代の最後の殿様・隆義までの歴代藩主の墓や奥方の墓があります。また、隆義の長女、肇の墓石には当時では珍しい英文の文字が刻まれています。

白洲家墓地

   元首相・吉田茂の懐刀であり、日本で最もかっこいい男とも評される白洲次郎と、その妻であり随筆家の正子の墓が心月院境内にあります。五輪塔を模した墓石は次郎がダム建設視察の際に見つけたもので、正子がデザインしたとも言われています。

白洲次郎の祖父、退蔵は三田藩に代々仕えてきた儒学者の家系で、藩校造士館の教授を務めていました。優れた先見性で幕末の三田藩を支えた彼は、後に横浜正金銀行頭取や岐阜県大書記官などを歴任しました。

川本幸民出生地

  幕末に三田藩医川本周安の三男として生まれた幸民は、江戸で蘭学や医学を学びました。洋書を翻訳し、「化学」という言葉を初めて使用しました。また、日本人で初めてビールを醸造し、マッチ製作や写真撮影に成功するなど多くの功績があります。

  出生地跡には当時を偲ぶものは残っていませんが、三田小学校前に顕彰碑が建てられ、その功績を称えています。

  平成22年は川本幸民生誕200年に当たり、様々なイベントが開催されます。

妙三寺

  1602年妙法の道場として開山されました。近代詩に新分野を開き、芸術院賞を受けた三好達治が小学5年生まで祖母の住むこの寺で過ごしました。寺門横の碑と車瀬橋欄干には三好達治の歌が刻まれています。

さんだ観光ガイド

毎週日曜日と祝日の9時30分から「さんだ観光ガイド」がご案内します。参加費300円、予約不要です。

詳しくはこちらhttp://www.city.sanda.lg.jp/shoukou_kankou/machiaruki.html

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お問い合わせ

経済環境部 商工観光振興課

住所:〒669-1595 三田市三輪2丁目1番1号

電話番号:079-559-5087

ファクス番号:079-563-7776

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