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中大兄皇子が中臣鎌足と黒郷の黒川雄宇戸(おうと)の家に逗留(とうりゅう)された。
雄宇戸の娘苅姫は皇子の子を身ごもったが、皇子は都へ帰られることになった。
生まれる子への短刀を置いていかれた。やがて生まれた男子は「美宇和王」と名付けられた。
苅姫は産後すぐに、美宇和王も翌年亡くなった。
それから四百年後、花山法皇がこの話を聞かれて、自ら大日如来を彫られ、ねんごろに二人の菩提をとむらわれたという。
そのお堂を「大日堂(だいにちどう)」と呼んでいる。
イラスト:岩本芳子
出展:三田市教育委員会「みんわまっぷ」平成7年
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